作 家
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作 品
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若山牧水 |
【釣】 ソレ、君と通つて 此處なら屹度(きつと)釣れると云つた あの淀み 富士からと天城(あまぎ)からとの 二つの川の出合つた 大きな淀みに たうとう出かけて行つて釣つて見ました かなり重い錘(おもり)でしたが 沈むのによほどかゝる 四尋からの深さがありました とろりとした水面に すれ/\に釣竿が影を落す それだけで私の心は大滿足でした |
有島武郎 |
【生まれいずる悩み】 海の中から生まれて来たような老漁夫の、皺(しわ)にたたまれた鋭い眼は、雲一片の徴(しるし)をさえ見落とすまいと注意しながら、顔には木彫のような深い落ち付きを見せている。君の兄上は、凍って自由にならない手のひらを腰のあたりの荒布にこすりつけて熱を呼び起こしながら、帆綱を握って、風の向きと早さに応じて帆を立て直している。雇われた二人の漁夫は二人の漁夫で、二尋(ふたひろ)置きに本縄(ほんなわ)から下がった針に餌(え)をつけるのに忙(せわ)しい。 |
織田作之助 |
【わが町】 次郎は、「人間はたまに怪我もして見んならんもんですよ」と、笑って、五十尋の深海へ潜った。 |
幸田露伴 |
【水の東京】 けだし東京前面の海の遠浅なるは、隅田川中川及び江戸川の流出する土砂の自然に堆積せるがためなれば、その砂洲の意外に広大にして、前に挙げたる二条の澪の外に大船巨艦を往来せしめがたきの観あるも怪むに足らずと言ふべし。本澪は第五第二の砲台の間を南へ通ずるなるが、その深さ大抵二尋(ひろ)以上、上総澪はその深さにおいて及ばざること遠し。是の如くなるを以て北品川の陸嘴(りくし)より東北に向つて海上に散布されたる造船所、第一台場、第五台場、第二台場、第六台場、第三台場、未成のままにて終りし第七台場附近の地のやゝ深きを除きては、月島下流の地も芝浜沖も、東の方は越中島沖も木場沖も洲崎遊廓沖も砂村沖も、皆大抵春末の大干潮には現れ出づるほどの砂洲にして、 |
中里介山 |
【大菩薩峠 駒井能登守の巻】 「いいや、いけねえ、あの野郎には、あれでもまだ身に沁(し)みたというところまでは行かねえんだ、もうちっと窮命(きゅうめい)さしてやる。お前もよく眼をあいて見ておきねえ、なんで下を向くんだ、よ、高さは僅か三十三尋(ひろ)とちっとばかり、下はたんとも深くねえが、やっぱり三十と三尋、甲州名代(なだい)の猿橋の真中にブラ下って桂川(かつらがわ)見物をさせてもらうなんぞは野郎も冥利(みょうり)だ。 |
須川邦彦 |
【無人島に生きる十六人】 海の色は、おおよそのところ、一メートルぐらいのごく浅いところが、うすい褐色。十尋、十五尋(十八メートル−二十七メートル)ぐらいまでは、青みの多い緑色。深さをますにつれて青みがとれて、二十尋(三十六メートル)以上の深さは緑色。それ以上深くなると、こい緑色となり、三十尋(五十五メートル)以上では、藍色(あいいろ)。 |
夏目漱石 |
【薤露行】 口縄の朽ち果つるまでかくてあらんと思い定めたるに、あら悲し。薔薇の花の紅(くれない)なるが、めらめらと燃え出(いだ)して、繋(つな)げる蛇を焼かんとす。しばらくして君とわれの間にあまれる一尋(ひとひろ)余りは、真中(まなか)より青き烟を吐いて金の鱗の色変り行くと思えば、あやしき臭(にお)いを立ててふすと切れたり。 |
樋口一葉 |
【軒もる月】 封じ目ときて取出(とりいだ)せば一尋(ひとひろ)あまりに筆のあやもなく、有難き事の数々、辱(かた)じけなき事の山々、思ふ、恋(した)ふ、忘れがたし、血の涙、胸の炎、これ等の文字(もんじ)を縦横(じうわう)に散らして、 |
岡本綺堂 |
【中国怪奇小説集 宣室志(唐)】 「柳将軍、御意(ぎょい)を得(え)申す」 忽然(こつぜん)として現われ出でたのは、身のたけ数十尋(ひろ)(一尋は六尺)もあろうかと思われる怪物で、手に一つの瓢(ふくべ)をたずさえて庭先に突っ立った。 |