作 家
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作 品
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菊池寛 |
【俊寛】 俊寛も、胸が熱くるしくなって、目頭(めがしら)が妙にむずがゆくなってくるのを感じた。見ると、船の舳(へさき)には、一流の赤旗がへんぽんと翻(ひるがえ)っている。平家の兵船だと思うと、その船に赦免(しゃめん)の使者が乗っていることが三人にすぐ感ぜられた。 |
夏目漱石 |
【趣味の遺伝】 将軍を迎えた儀仗兵(ぎじょうへい)の馬が万歳の声に驚ろいて前足を高くあげて人込の中にそれようとするのが見えた。将軍の馬車の上に紫の旗が一流れ颯(さっ)となびくのが見えた。新橋へ曲る角の三階の宿屋の窓から藤鼠(ふじねずみ)の着物をきた女が白いハンケチを振るのが見えた。 |
岡本かの子 |
【富士】 「この山は嚥み切れない。もしもそうしたなら、自分の性格の腹の皮の方が裂けよう」 翁はいまにもそれを恐れるように大事そうに螺の如き自分の腹を撫でた。 夕風が一流れ亙った。新しい稲の香がする。祭の神楽の音は今将(まさ)に劉喨(りゅうりょう)と闌(たけなわ)である。 翁が呆然眺め上げる福慈岳の山影は天地の闇を自分に一ぱいに吸込んで、天地大に山影は成り切った。そう見られる黝(くろず)み方で山は天地を一体の夜色に均(なら)された。打縁流(うちよする)、駿河能国(するがのくに)の暮景はかくも雄大であった。 |
中里介山 |
【大菩薩峠 竜神の巻】 なんの気もなく空を見れば、鉾尖(ほこさき)ヶ岳(たけ)と白馬(しらま)ヶ岳(たけ)との間に、やや赤味を帯びた雲が一流れ、切れてはつづき、つづいては切れて、ほかの大空はいっぱいに金砂子(きんすなご)を蒔(ま)いた星の夜でありました。 |
宮本百合子 |
【夏遠き山
】 起きて廊下から瞰下(みおろ)すと、その大風に吹き掃かれる深夜の空には月が皎々と照り、星が燦めいている。丁度、月の光りに浸された原野の真上のところに、二流れ黒雲があった。細く長く、相対して二頭の龍が横わっている通りだ。左手の黒龍の腹の下に一点曇りなき月が浮かんでいる。 |
作者不詳 国民文庫 (明治43年) 校訂: 古谷知新 |
【源平盛衰記】 其後成田五郎三騎にて押寄て、一戦して出にけり。次に白旗一流上て、五十余騎にて馳来る。熊谷誰人ぞと問へば、信濃国住人村上二郎判官代基国と名乗て、一時戦て出づ。 |
作者不詳 国民文庫 (明治43年) 校訂: 古谷知新 |
【源平盛衰記】 巳時ばかりに礪並山の北の麓に著て、日宮林に旗三十流打たてたり。倶梨伽羅山と云は加賀と越中との境也。嶺に一宇の伽藍あり。 |