作 家
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作 品
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太宰治 |
【人間失格】 私は、その男の写真を三葉、見たことがある。 一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹(いとこ)たちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞の袴(はかま)をはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。 |
石川啄木 |
【石川啄木詩集 古びたる鞄をあけて】 わが友は、古びたる鞄(かばん)をあけて、 ほの暗き蝋燭(らふそく)の火影(ほかげ)の散らぼへる床に、 いろいろの本を取り出だしたり。 そは皆この国にて禁じられたるものなりき。 やがて、わが友は一葉の写真を探しあてて、 「これなり」とわが手に置くや、 静かにまた窓に凭(よ)りて口笛を吹き出したり。 そは美くしとにもあらぬ若き女の写真なりき。 |
淡島寒月 |
【江戸か東京か】 見世物はそれ位にして、今から考えると馬鹿々々しいようなのは、郵便ということが初めて出来た時は、官憲の仕事ではあり、官吏の権威の重々(おもおも)しかった時の事ですから、配達夫が一葉の端書(はがき)を持って「何の某(なにがし)とはその方どもの事か--」といったような体裁でしたよ。 |
牧逸馬 |
【女肉を料理する男】 その出しゃばり巡査はおそらく罰俸(ばっぽう)でも食って郡部へまわされでもしたことだろうが、いうところによると、この楽書(らくがき)の書体は、これより以前、二回にわたってセントラル・ニュース社に郵送された、一通の手紙と一葉の葉書の文字に酷似していた。 |
太宰治 |
【猿面冠者】 そこへ、ほんとうに風とともに一葉の手紙が彼の手許へひらひら飛んで来た。 |
太宰治 |
【HUMANLOST】 かつて君には、一葉の恋文さえ書けなかった。 |
浜尾四郎 |
【途上の犯人】 「これは申しおくれて相すみません」 彼はこう云いながら、上衣のポケットから余りきれいでないシースを取り出し、その中から一葉の名刺を抜き出して私に手渡した。 |
穂積陳重 |
【法窓夜話】 或日の事、一葉の令状が突然東京地方裁判所から黒川博士の許(もと)に舞い込んで来た。 |
大杉栄 |
【獄中消息】 先月の二十七日であったか八日であったか、書信係の看守が来て、典獄宛でこういうものが来ているがどうするかと言う。見るとあの一葉の委任状だ。 |
宮本百合子 |
【今朝の雪】 壁には仕事の予定表と並んで、古風だが心持よい風景画の複製が一葉飾られていた。 |
石川啄木 |
【雲は天才である】 一葉の牡蠣(かき)の殼にも、詩人が聞けば、遠き海洋(わだつみ)の劫初の轟きが籠つて居るといふ。 |
泉鏡花 |
【竜潭譚(りゆうたんだん)】 その日一天(いつてん)うららかに空の色も水の色も青く澄(す)みて、軟風(なんぷう)おもむろに小波(ささなみ)わたる淵の上には、塵(ちり)一葉(ひとは)の浮べるあらで、白き鳥の翼(つばさ)広きがゆたかに藍碧(らんぺき)なる水面を横ぎりて舞へり。 |
田山花袋 |
【一兵卒】 楊樹(やなぎ)にさし入った夕日の光が細かな葉を一葉一葉明らかに見せている。 |
岡本かの子 |
【桜】 松の葉の一葉(ひとは)一葉に濃(こま)やけく照る陽(ひ)のひかり桜にも照る |
森鷗外 |
【うたかたの記】 我空想はかの少女(おとめ)をラインの岸の巌根(いわね)にをらせて、手に一張(ひとはり)の琴を把(と)らせ、嗚咽(おえつ)の声を出(いだ)させむとおもひ定めにき。下(した)なる流にはわれ一葉(いちよう)の舟を泛(うか)べて、かなたへむきてもろ手高く挙げ、面(おもて)にかぎりなき愛を見せたり。 |
幸田露伴 |
【幻談】 青い空の中へ浮上(うきあが)ったように広々(ひろびろ)と潮が張っているその上に、風のつき抜ける日蔭のある一葉(いちよう)の舟が、天から落ちた大鳥(おおとり)の一枚の羽のようにふわりとしているのですから。 |
夢野久作 |
【爆弾太平記】 こうして財布の底までハタイてしまうと、明日(あす)は又「一葉の扁舟(へんしゅう)、万里の風」だ。「海上の明月、潮(うしお)と共に生ず」だ。彼等の鴨緑江節(おうりょっこうぶし)を聞き給え……。 |
作者不詳 国民文庫 (明治43年) 校訂: 古谷知新 |
【源平盛衰記】 中将入道、三の山の参詣事ゆゑなく被遂ければ、浜宮の王子の御前より、一葉の舟に棹さして、万里の波にぞ浮給ふ。遥の沖に小島あり、金島とぞ申ける。彼島に上りて松の木を削つゝ、自名籍を書給ひけり。 |