作 家
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作 品
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長塚節 |
【才丸行き】 遙かあなたには焦げたやうな一脈の禿山がつゞいて居る、山のこなたは左右の山と山との間がひろ/″\として居る、狹い間ばかり見て來た目には殊に心持がよく感ぜられた、一縷の烟も立たない三四十の萱葺の丈夫相に見える家が一つ所に聚つて居る、産土の森のやうなものも見える、 |
泉鏡花 |
【夜行巡査】 往来のまん中に脱ぎ捨てたる草鞋(わらじ)の片足の、霜に凍(い)て附(つ)きて堅くなりたること、路傍(みちばた)にすくすくと立ち併(なら)べる枯れ柳の、一陣の北風に颯(さ)と音していっせいに南に靡(なび)くこと、はるかあなたにぬっくと立てる電燈局の煙筒より一縷(いちる)の煙の立ち騰(のぼ)ること等、およそ這般(このはん)のささいなる事がらといえども一つとしてくだんの巡査の視線以外に免(のが)るることを得ざりしなり。 |
宮本百合子 |
【樹蔭雑記】 |
高山樗牛 |
【瀧口入道】 青海の簾(みす)長く垂れこめて、微月の銀鈎空しく懸れる一室は、小松殿が居間(ゐま)なり。内には寂然として人なきが如く、只々簾を漏れて心細くも立迷ふ香煙一縷、をりをりかすかに聞ゆる戞々の音は、念珠を爪繰(つまぐ)る響にや、主が消息を齎らして、いと奧床し。 |
横光利一 |
【微笑】 しかし、そういう物の一つも見えない水平線の彼方に、ぽっと射(さ)し露(あら)われて来た一縷(いちる)の光線に似たうす光が、あるいはそれかとも梶は思った。それは夢のような幻影としても、負け苦しむ幻影より喜び勝ちたい幻影の方が強力に梶を支配していた。 |
坂口安吾 |
【外套と青空】 青々軒は過ぎ去つた話に就いては一語もふれず、たゞ、キミ子さんが昨日も来たぜ、今日も来たぜ、お午(ひる)ごろだつたね。それから一週間前ぐらゐにも二三度来てゐるんだ、といつた。それをきくと、見る見る眼前に一縷の光が流れこんでくるやうに感じた。俺の消息をさぐりに来るのだ、と思つたが、さりげない風をして、 |
正岡容 |
【小説 圓朝】 随分、風変りにも程があるが、無理矢理出家してしまったればこそ、いまだ若僧の身分ではあるが、法の道の深さありがたさは身にしみじみと滲みわたり今やようやく前途一縷の光明をさえみいだすことができそうになっているではないか。 |