作 家
|
作 品
|
泉鏡花 |
【木の子説法】 質の出入れーーこの質では、ご新姐の蹴出し……縮緬(ちりめん)のなぞはもう疾(とっ)くにない、青地のめりんす、と短刀一口(ひとふり)。数珠一聯(れん)。千葉を遁げる時からたしなんだ、いざという時の二品(ふたしな)を添えて、何ですか、三題話のようですが、凄(すご)いでしょう。……事実なんです。 |
泉鏡花 |
【怨霊借用】 その常用だった粗末な手ぶんこの中に、なおざりにちょっと半紙に包んで、(桂坊へ、)といけぞんざいに書いたものを開けると、水晶の浄土珠数(じゅず)一聯(れん)、とって十九のまだ嫁入前の娘に、と傍(はた)で思ったのは大違い、粒の揃った百幾顆(ひゃくいくつ)の、皆真珠であった。 |
高山樗牛 |
【瀧口入道】 都大路(みやこおほぢ)に世の榮華を嘗(な)め盡(つく)すも、賤(しづ)が伏屋(ふせや)に畦(あぜ)の落穗(おちぼ)を拾(ひろ)ふも、暮らすは同じ五十年の夢の朝夕。妻子珍寶及王位(さいしちんぱうおよびわうゐ)、命終(いのちをは)る時に隨ふものはなく、野邊(のべ)より那方(あなた)の友とては、結脈(けちみやく)一つに珠數(じゆず)一聯のみ。之を想へば世に悲しむべきものもなし。 |
堀辰雄 |
【大和路・信濃路】 僕は数年まえ信濃の山のなかでさまざまな人の死を悲しみながら、リルケの「Requiem(レクヰエム)」をはじめて手にして、ああ詩というものはこういうものだったのかとしみじみと覚(さと)ったことがありました。−−そのときからまた二三年立ち、或る日万葉集に読みふけっているうちに一聯(いちれん)の挽歌に出逢い、ああ此処にもこういうものがあったのかとおもいながら、なんだかじっとしていられないような気もちがし出しました。 |
堀辰雄 |
【菜穂子】 私の差し上げた年賀状にも返事の書けなかったお詫(わ)びやら、暮からずっと神経衰弱でお悩みになっていられることなど書き添えられ、それに何か雑誌の切り抜きのようなものを同封されていた。何気なくそれを披(ひら)いてみると、それは或る年上の女に与えられた一聯(いちれん)の恋愛詩のようなものであった。 |
原民喜 |
【火の唇】 すべてが終るところから、すべては新しく……彼はくるりと靴の踵(かかと)をかえして、胸を張り眼を見ひらく。と、風景も彼にむかって、胸を張り眼を見ひらいてくる。決然と分岐する鋪装道路や高層ビルの一聯(れん)が、その上に展(ひろ)がる茜色(あかねいろ)の水々しい空が、突然、彼に壮烈な世界を投げかける。世界はまだ終ってはいないのだ。世界はあの時もまた新しく始ろうとしていた。あの時……原子爆弾で破滅した、あの街は、銀色に燻(くすぶ)る破片と赤く爛(ただ)れた死体で酸鼻(さんび)を極(きわ)めていた。 |
若山牧水 |
【鳳來寺紀行】 通された二階からは溪が眞近に見下された。數日來の雨で、見ゆるかぎりが一聯の瀑布となつた形でたゞ滔々と流れ下つてゐる。この邊から上流をば豐川と言はず、板敷川と呼んで居る樣に川床全體が板を敷いた樣な岩であるため、その流はまことに清らかなものであるさうだが、今日は流石に濁つてゐた。 |
石川啄木 |
【雲は天才である】 妻からも賞められた。その夜遊びに來た二三の生徒に、自分でヰオリンを彈き乍ら教へたら、矢張賞めてくれた、然も非常に面白い、これからは毎日歌ひますと云つて。歌詞は六行一聯の六聯で、曲の方はハ調四分の二拍子、それが最後の二行が四分の三拍子に變る。 |