作 家
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作 品
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織田作之助 |
【世相】 夜が明けると、駅前の闇市が開くのを待って女学生の制服を着た女の子から一箱五円の煙草を買った。箱は光だったが、中身は手製の代用煙草だった。それには驚かなかったが、バラックの中で白米のカレーライスを売っているのには驚いた。日本へ帰れば白米なぞ食べられぬと諦めていたし、日本人はみな藷ばかり食べていると聴いて帰ったのに、バラックで白米の飯を売っているとはまるで嘘のようであった。値をきくと、指を一本出したので、煙草の五円に較べれば一皿一円のカレーライスは廉いと思い、十円札を出すと、しかし釣は呉れず、黒いジャケツを着たひどい訛の大男が洋食皿の上へ普通の五倍も大きなスプーンを下向きに載せて、その上へ白い飯を盛り、カレー汁を掛けるのだった。スプーンが下向き故皿との間に大きな隙間が出来る。その隙間の分だけ飯を節約してあるわけだと、狡いやり方に感心した。 |
葉山嘉樹 |
【海に生くる人々】 セーラーは食物を定期に与えられる。彼らは、どの食事の前にも少なくとも、四時間の労働を課せられている。彼らは十分空腹である。時間が来ると、彼らは食卓へかけつける。食卓には、盛り切りの惣菜(そうざい)が一皿(さら)ずつ置かれてある。やや充分に食べるためには、沢庵だけしかない。彼らは、いつでも、次の食事がはなはだしく待ち遠い。それは、空腹が待たせるよりも、も一つの重要な理由は、次の食事が来るということが、その日の労働をそれだけ成し終えたという、一つの安心を彼らに与えることと、その食事のあとにいくらかの時間が、彼らに与えられていることとである。 |
太宰治 |
【禁酒の心】 「きょうは、鯛(たい)の塩焼があるよ。」と呟く。 すかさず一青年は卓をたたいて、 「ありがたい! 大好物。そいつあ、よかった。」内心は少しも、いい事はないのである。高いだろうなあ、そいつは。おれは今迄、鯛の塩焼なんて、たべた事がない。けれども、いまは大いに喜んだふりをしなければならぬ。つらいところだ、畜生め! 「鯛の塩焼と聞いちゃ、たまらねえや。」実際、たまらないのである。 他のお客も、ここは負けてはならぬところだ。われもわれもと、その一皿二円の鯛の塩焼を注文する。これで、とにかく一本は飲める。けれども、おやじは無慈悲である。しわがれたる声をして、 「豚の煮込(にこ)みもあるよ。」 「なに、豚の煮込み?」老紳士は莞爾(かんじ)と笑って、「待っていました。」と言う。けれども内心は閉口している。老紳士は歯をわるくしているので、豚の肉はてんで噛めないのである。 「次は豚の煮込みと来たか。わるくないなあ。おやじ、話せるぞ。」などと全く見え透いた愚かなお世辞を言いながら、負けじ劣らじと他のお客も、その一皿二円のあやしげな煮込みを注文する。けれども、この辺で懐中心細くなり、落伍(らくご)する者もある。 「ぼく、豚の煮込み、いらない。」と全く意気悄沈(いきしょうちん)して、六号活字ほどの小さい声で言って、立ち上り、「いくら?」という。 他のお客は、このあわれなる敗北者の退陣を目送し、ばかな優越感でぞくぞくして来るらしく、 「ああ、きょうは食った。おやじ、もっと何か、おいしいものは無いか。たのむ、もう一皿。」と血迷った事まで口走る。酒を飲みに来たのか、ものを食べに来たのか、わからなくなってしまうらしい。 なんとも酒は、魔物である。 |