作 家
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作 品
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堀辰雄 |
【大和路・信濃路】 その藁屋根(わらやね)の古い寺の、木ぶかい墓地へゆく小径(こみち)のかたわらに、一体の小さな苔蒸(こけむ)した石仏が、笹むらのなかに何かしおらしい姿で、ちらちらと木洩れ日に光って見えている。いずれ観音像かなにかだろうし、しおらしいなどとはもってのほかだが、−−いかにもお粗末なもので、石仏といっても、ここいらにはざらにおる脆(もろ)い焼石、−−顔も鼻のあたりが欠け、天衣(てんね)などもすっかり磨滅し、そのうえ苔がほとんど半身を被(おお)ってしまっているのだ。 |
泉鏡花 |
【七宝の柱】 山道、二町ばかり、中尊寺はもう近い。 大(おおき)な広い本堂に、一体見上げるような釈尊(しゃくそん)のほか、寂寞(せきばく)として何もない |
泉鏡花 |
【木の子説法】 名工のひき刀が線を青く刻んだ、小さな雪の菩薩(ぼさつ)が一体、くるくると二度、三度、六地蔵のように廻る……濃い睫毛(まつげ)がチチと瞬いて、耳朶(みみたぶ)と、咽喉(のど)に、薄紅梅の血が潮(さ)した。 |
佐々木味津三 |
【右門捕物帖 妻恋坂の怪】 |
佐々木味津三 |
【右門捕物帖 開運女人地蔵】 軽く会釈しながら近よってみると、なるほど、橋の中ほどの欄干ぎわに、ずらりと六基の石仏が置いてあるのです。いずれも丈(たけ)は五尺ばかりの地蔵尊でした。 しかし、これがただ並べて置いてあるんではない。六体ともに鼻は欠かれ、耳はそがれ、目、口、手足、いたるところ無数の傷を負って、あまつさえ慈悲忍辱(にんにく)のおつむには見るももったいなや、馬の古わらじが一つずつのせてあるのです。しかも、気味のわるいことには、何がどうしたというのか、その六体の地蔵尊の前に向き合って、いかにも可憐(かれん)らしく小さい小坊主が、ものもいわず、にこりともせず、白衣(びゃくえ)のえりを正しながら、ちょこなんと置き物のようにすわっているのでした。 「ちぇッ。やだね。生きてるんですかい」 |
中里介山 |
【大菩薩峠 他生の巻】 「羅漢様−−」 山を遊覧する人間が、大きな声を出してみたくなるのは、妙な心理作用であると思いました。江戸あたりから遊覧に来た連中らしいが、とうとうそれらは羅漢様からお釣りを取ろうという面(かお)を見せずに、あちらの山に消えてしまう。 さて、石の千体の羅漢はこれから始まる。あるところには五体十体、やや離れて五十体、駒井甚三郎は、その目をひくものの一つ一つをかぞえて行くうち、愚拙(ぐせつ)なるもの、剽軽(ひょうきん)なるもの、なかには往々にして凡作ならざるものがある。無惨なのは首のない仏。しかしながら、首を取られて平然として立たせたもう姿には、なんともいえない超然味がないではない。 |
小島烏水 |
【天竜川】 暫らく停まつて呼吸を入れてゐた船は、こつちを目がけて、走つて来る、難所中の難所といふ、やぐらの瀑へかゝつて来たときは、波から三尺ばかり船体が乗り出したと思ふと、水煙が噴水の柱のやうに立つて、船頭の黒い立像が、水沫(しぶき)の中から二体浮び出た、火影に映る消防夫の姿のやうに。 |
折口信夫 |
【死者の書】 九つの杖びとは、心から神になって居る。彼らは、杖を地に置き、鬘を解いた。鬘は此時、唯真白な布に過ぎなかった。其を、長さの限り振り捌(さば)いて、一様に塚に向けて振った こう こう こう。 こう言う動作をくり返して居る間に、自然な感情の鬱屈(うっくつ)と、休息を欲するからだの疲れとが、九体の神の心を、人間に返した。彼らは見る間に、白い布を頭に捲(ま)きこんで鬘とし、杖を手にとった旅人として、立っていた。 |
折口信夫 |
【人形の話】 日本の雛の歴史を調べるのに閑却できないのは、奥州一円にみられる「おしらさま」の存在である。こちらにくると観音さまや天照大神または蚕玉(こだま)さま(蚕の守護神)の画像(掛図)になっている。これは大きな変化である。金田一先生は「おしらさま」は「おひらさま」の訛りで、結局雛と同じになる。折口のいうことと同じだといわれた。 われわれはめおと雛を考えるが、雛はかならずしも二体なくてもよい。子供が雛の御殿を作って二体飾るから二体なくてはならぬと考えたのである。子供が家庭のなかで小さい家庭を作り、人形で小さい夫婦の生活をやってみる。そのために内裏雛ができたのである。奥州の「おしらさま」は、一体、二体、ときには三体のこともある。近代では主に蚕の守り神になっている。ということは、農村でいちばん大切な守り神ということになる。蚕を飼うほど、蚕の守り神の考えがおし及ぼしてきて、かきものを守り神とするようにさえなってきた。古ぼけるとまた新しく作るので、古い家になると二体も三体も祀っていることがある。 |
尾崎紅葉 |
【金色夜叉】 夜明けぬれど夫婦の出で来ざりけるは、過(あやまち)など有りしにはあらずやと、警官は出張して捜索に及べり。 熱灰(ねつかい)の下より一体の屍(かばね)の半(なかば)焦爛(こげただ)れたるが見出(みいだ)されぬ。目も当てられず、浅ましう悒(いぶせ)き限を尽したれど、主(あるじ)の妻と輙(たやす)く弁ぜらるべき面影(おもかげ)は焚残(やけのこ)れり。 |
海野十三 |
【骸骨館】 「きゃっ。お助け……」 叫んだのは、そのあやしい人影だった。とたんにあやしい光が草むらに落ち、うごかなくなった。そしてあやしい人物を下から照らしあげたのである。人相(にんそう)のよくない一人の男が、ぶるぶるとふるえ、両手を合わせて、しきりに拝(おが)んでいる。拝まれているのは清君と一郎君−−いや、例の二体の骸骨だった。 「盗(と)りました、盗りました。わ、私にちがいありません。……はい、何もかも申し上げます。 |