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悲憤慷慨
ひふんこうがい
 ⇒ 悲憤慷慨 ⇒ 慷慨悲憤
作家
作品
菊池寛

【俊寛】

 康頼も成経なりつね俊寛しゅんかんも、一年間の孤島生活で、その心も気力も、すっかり叩きのめされてしまっていた。最初、彼らは革命の失敗者として、清盛きよもりののしり、平家の一門を呪い、陰謀の周密でなかったことを後悔し、悲憤慷慨ひふんこうがいに夜を徹することが多かった。が、一月、二月経つうちに、そうした悲憤慷慨が、結局鬼界ヶ島の荒磯に打ち寄する波と同じに、無意味な繰り返しに過ぎないことに気がつくと、もう誰も、そうしたことを口にする勇気も無くしていた。

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坂口安吾

【青鬼の褌を洗う女】

 世間の娘が概してそうなのか私は人のことは知らないけれども、私や私のお友達は戦争なんか大して関心をもっていなかった。男の人は、大学生ぐらいのチンピラ共まで、まるで自分が世界を動かす心棒ででもあるような途方もないウヌボレに憑かれているから、戦争だ、敗戦だ、民主主義だ、悲憤慷慨、熱狂協力、ケンケンガクガク、力みかえって大変な騒ぎだけれども、私たちは世界のことは人が動かしてくれるものだときめているから勝手にまかせて、世相の移り変りには風馬耳、その時々の愉しみを見つけて滑りこむ。

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北村透谷

【三日幻境】

今にして思えば政海の波浪は おのずから高く自からひくく、虚名を貪り俗情に わるゝの人にはさをつか い、かいを用ゆるのおもしろみあるべきも、わが如く一片の頑骨に動止を制し能はざるものゝ漂ふべきところならず。れども我は実にこの波浪に漂蕩 ひょうとうして、悲憤慷慨の壮士と共に我が血涙を絞りたりしなり。醜悪なる社界を罵蹴して 一蹶 いっけつ青山に入り、怪しげなる草廬 そうろを結びて、空しく俗骨をして畸人の名に敬して心には とおざ けしめたるなり。この時に我が為めにこの幻境を備え、わが為にこの幻境の同住をなせしものは、相州の一孤客大矢蒼海なり。

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岡本かの子

【食魔】

鰥暮しで暇のある蛍雪は身体の中で脂肪が燃えでもするようにフウフウ息を吐きながら、一日中炎天の下に旅行用のヘルメットをかぶって植木鉢の植木をさいなんだり、飼ものに凝ったり、猟奇的な蒐集物しゅうしゅうぶつ に浮身を やつしたりした。時には自分になまじい物質的な利得ばかりを与えながら昔日の尊敬を忘れ去り、学商呼ばわりする世情を、気狂いのようになって悲憤慷慨ひふんこうがいすることもある。そんな不平の反動も混って蛍雪のべものへの執し方が激しくなった。

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永井荷風

【矢はずぐさ】

 わが知れる人々のうちにはいかにもして我国の演劇を改良なし意味ある芸術を起さんものをと家人かじんの誤解世上の誹謗ひぼうもものかは、今になほ十年の宿志しゅくしをまげざるものあり。聞くだに涙こぼるる美談ぞかし。然るにわれは早くもこころくじけてひたすら隠栖いんせいの安きを求めんとす。しかもそは取立てていふべきほどの絶望あるにもあらずはた 悲憤慷慨のためにもあらず。唯劇場の燈火とうかあまりにあかるく目を射るにへざるが如き心地したるがためのみ。

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牧野信一

【月あかり】

 その他にも仇名でなければ通用せぬ人々のことは算えきれません。親兄弟であろうが、貸借りの帳面づらであろうが凡て仇名を持つて不思議とされていないのでありますが、たゞひとり消防小頭の諸星源十氏だけは、これらの弊風を「根底から改革すべし」と意気捲いて居ります。源十氏は屡々これらの野卑極まりもない風習に関して、悲憤慷慨の演説を開きますが、一朝一夕に永年の習慣が改まる筈のものでもなく、稍ともすれば氏の前でその仇名を呼ぶ者に出会っては叱咤の声を枯らしつゞけている始末です。

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豊島与志雄

【電車停留場】

そして何処からともなく、学期が済んで休暇になり次第免職されるという噂が、確かな根拠もなく伝わっていった。その噂に人一倍憤慨したのは、老教師の人格を尊敬している高倉玄蔵だった。彼は学校で噂をちらと耳にしてから、夕食の折五六杯の酒に赤くなりながら、人の善い細君を相手に悲憤慷慨した。そして細君の同感ではなお物足りなくて、退職将校で体操の教師をしている同僚の家を訪れ、二人で大に校風の頽廃を論じ合った。

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中里介山

【大菩薩峠 不破の関の巻】

 さりながら、自分の売りつけた瓦版によって安直、金茶の一行の悲憤慷慨を招いたからといって、のろま清次に少しの責任があるわけではありません。
  そんなことに頓着のない清次は、名物の餅を味わう暇も惜しんで、またそれから先の呼売りを急ぎました。

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Last updated : 2024/06/28