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傍若無人/旁若無人
ぼうじゃくぶじん
作家
作品

森鴎外

【空車】

馬の口を取っている男は背の直い大男である。それが肥えた馬、大きい車の霊ででもあるように、大股(おおまた)に行く。この男は左顧右眄(さこうべん)することをなさない。物にあって一歩をゆるくすることもなさず、一歩を急にすることをもなさない。旁若無人(ぼうじゃくぶじん)という語はこの男のために作られたかと疑われる。

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芥川龍之介

【煙管】

「ふんまた煙管か。」と繰返して、「そんなに金無垢が有難けりゃ何故お煙管拝領と出かけねえんだ。」
「お煙管拝領?」
「そうよ。」
  さすがに、了哲も相手の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)なのにあきれたらしい。
「いくらお前、わしが欲ばりでも、……せめて、銀ででもあれば、格別さ。……とにかく、金無垢だぜ。あの煙管は。」

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芥川龍之介

【南京の基督】

 金花は眠りがさめた今でも、菊の花や、水の音や、雉の丸焼きや、耶蘇基督や、その外いろいろな夢の記憶に、うとうと心をさまよはせてゐた。が、その内に寝台の中が、だんだん明(あかる)くなつて来ると、彼女の快い夢見心にも、傍若無人な現実が、昨夜不思議な外国人と一しよに、この籐の寝台へ上つた事が、はつきりと意識に踏みこんで来た。
「もしあの人に病気でも移したら、――」

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芥川龍之介

【戯作三昧】

「己(おれ)を不快にするのは、第一にあの眇(すがめ)が己に悪意を持つてゐると云ふ事実だ。人に悪意を持たれると云ふ事は、その理由の如何(いかん)に関らず、それ丈(だけ)で己には不快なのだから、仕方がない。」
  彼は、かう思つて、自分の気の弱いのを恥ぢた。実際彼の如く傍若無人(ばうじやくぶじん)な態度に出る人間が少かつたやうに、彼の如く他人の悪意に対して、敏感な人間も亦少かつたのである。さうして、この行為の上では全く反対に思はれる二つの結果が、実は同じ原因――同じ神経作用から来てゐると云ふ事実にも、勿論彼はとうから気がついてゐた。

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芥川龍之介

【海のほとり】

「僕か? 僕は……」
  Mの何か言いかけた時、僕等は急に笑い声やけたたましい足音に驚かされた。それは海水着に海水帽をかぶった同年輩(どうねんぱい)の二人(ふたり)の少女だった。彼等はほとんど傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に僕等の側を通り抜けながら、まっすぐに渚へ走って行った。僕等はその後姿(うしろすがた)を、――一人(ひとり)は真紅(しんく)の海水着を着、もう一人はちょうど虎(とら)のように黒と黄とだんだらの海水着を着た、軽快な後姿を見送ると、いつか言い合せたように微笑していた。

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芥川龍之介

【彼 第二】

彼は敷島(しきしま)をふかしながら、当然僕等の間(あいだ)に起る愛蘭土(アイルランド)の作家たちの話をしていた。
「I detest Bernard Shaw.」
  僕は彼が傍若無人(ぼうじゃくぶじん)にこう言ったことを覚えている、それは二人(ふたり)とも数(かぞ)え年(どし)にすれば、二十五になった冬のことだった。……

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芥川龍之介

【本所両国】

僕等はその横町(よこちやう)を曲(まが)り、待合(まちあひ)やカフエの軒を並べた、狭苦しい往来(わうらい)を歩いて行つた。が、肝腎(かんじん)の天神様へは容易(ようい)に出ることも出来なかつた。すると道ばたに女の子が一人(ひとり)メリンスの袂(たもと)を翻(ひるがへ)しながら、傍若無人(ばうじやくぶじん)にゴム毬(まり)をついてゐた。
「天神様へはどう行(ゆ)きますか?」
「あつち。」

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夏目漱石

【吾輩は猫である】

彼は大(おおい)に軽蔑(けいべつ)せる調子で「何、猫だ? 猫が聞いてあきれらあ。全(ぜん)てえどこに住んでるんだ」随分傍若無人(ぼうじゃくぶじん)である。「吾輩はここの教師の家(うち)にいるのだ」「どうせそんな事だろうと思った。いやに瘠(や)せてるじゃねえか」と大王だけに気焔(きえん)を吹きかける。

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夏目漱石

【野分】

「エヘヘヘヘ。いえね、実はね、今夜あたり君を誘って繰り出そうと思っていたんだ。え? ハハハハ。なにそれほどでもない。ハハハハ。そら例のが、あれでしょう。だから、どうにもこうにもやり切れないのさ。エヘヘヘヘ、アハハハハハハ」
  土鍋(どなべ)の底のような赭(あか)い顔が広告の姿見に写って崩(くず)れたり、かたまったり、伸びたり縮んだり、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に動揺している。高柳君は一種異様な厭な眼つきを転じて、相手の青年を見た。
「商人だよ」と青年が小声に云う。

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夏目漱石

【趣味の遺伝】

全く冷静な好奇獣(こうきじゅう)とも称すべき代物(しろもの)に化していた。人間もその日その日で色々になる。悪人になった翌日は善男に変じ、小人の昼の後(のち)に君子の夜がくる。あの男の性格はなどと手にとったように吹聴(ふいちょう)する先生があるがあれは利口の馬鹿と云うものでその日その日の自己を研究する能力さえないから、こんな傍若無人(ぼうじゃくぶじん)の囈語(げいご)を吐いて独(ひと)りで恐悦(きょうえつ)がるのである。探偵ほど劣等な家業はまたとあるまいと自分にも思い、人にも宣言して憚(はば)からなかった自分が、純然たる探偵的態度をもって事物に対するに至ったのは、すこぶるあきれ返った現象である。

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夏目漱石

【幻影の盾】

「わしは行かぬ、知れた事よ。もう六つ、日の出を見れば、夜鴉の栖(す)を根から海へ蹴落(けおと)す役目があるわ。日の永い国へ渡ったら主の顔色が善くなろうと思うての親切からじゃ。ワハハハハ」とシワルドは傍若無人に笑う。
「鳴かぬ烏の闇に滅(め)り込むまでは……」と六尺一寸の身をのして胸板を拊(う)つ。

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有島武郎

【或る女(前編)】

神経が急にざわざわと騒ぎ立って、ぼーっと煙(けぶ)った霧雨(きりさめ)のかなたさえ見とおせそうに目がはっきりして、先ほどのおっかぶさるような暗愁は、いつのまにかはかない出来心のしわざとしか考えられなかった。その船員は傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に衣嚢(かくし)の中から何か書いた物を取り出して、それを鉛筆でチェックしながら、時々思い出したように顔を引いて眉(まゆ)をしかめながら、襟(えり)の折り返しについたしみを、親指の爪(つめ)でごしごしと削ってははじいていた。


 ただ一つこれらの群れからは全く没交渉な一団があった。それは事務長を中心にした三四人の群れだった。いつでも部屋の一隅(ぐう)の小さな卓を囲んで、その卓の上にはウイスキー用の小さなコップと水とが備えられていた。いちばんいい香(にお)いの煙草(たばこ)の煙もそこから漂って来た。彼らは何かひそひそと語り合っては、時々傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な高い笑い声を立てた。そうかと思うとじっと田川の群れの会話に耳を傾けていて、遠くのほうから突然皮肉の茶々を入れる事もあった。

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有島武郎

【星座】

そう西山は大きな声で独語しながら、けたたましい音をたてて階子段を昇るけはいがしたが、またころがり落ちるように二階から降(お)りてきた。
「星野、園はいたからそういっておいたぞ」
  その声は玄関の方から叫ばれた。傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に何か柿江と笑い合う声がしたと思うと、野心家西山と空想家柿江とはもつれあってもう往来に出ているらしかった。


「いいえ別に、僕は手紙をおぬいさんにとどけるように頼まれただけだった」
  それが園の落ち着いた答えだった。
「俺が札幌にいりゃ、この幕は貴様なんぞに出しゃばらしてはおかなかったんだが」
  そういって西山は取ってつけたように傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に高笑いするよりのがれ道がなかった。

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田山花袋

【重右衛門の最後】

 此後の重右衛門の歴史は只々(たゞ/\)驚くべき罪悪ばかり、抵当に取られた自分の家が残念だとて、火を放(つ)けて、獄に投ぜられ、六年経つて出て来たが、村の人の幾らか好くなつたらうと望を属(しよく)して居たのにも拘(かゝは)らず、相変らず無頼(ぶらい)で、放蕩(はうたう)で後悔を為るどころか一層大胆に悪事を行つて、殆ど傍若無人といふ有様であつた。

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太宰治

【不審庵】

私は先生に、速達郵便でもって御礼状を発した。必ずという文字を、ひどく大きく書いてしまったが、そんなに大きく書く必要は無かったのである。いよいよ茶会の当日には、まず会主のお宅の玄関に於いて客たちが勢揃(せいぞろ)いして席順などを定めるのであるが、つねに静粛を旨とし、大声で雑談をはじめたり、または傍若無人の馬鹿笑いなどするのは、もっての他の事なのである。

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太宰治

【碧眼托鉢 ――馬をさへ眺むる雪の朝かな――】

 かれこそ、厳粛なる半面の大文豪。世をのがれ、ひっそり暮した風流隠士のたぐいではなかった。三十四歳で死したるかれには、大作家五十歳六十歳のあの傍若無人のマンネリズムの堆積が、無かったので、人は、かれの、ユーゴー、バルザックにも劣らぬ巨匠たる貫禄(かんろく)を見失い、或る勇猛果敢の日本の男は、かれをカナリヤとさえ呼んでいた。

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福沢諭吉

【女大学評論】

抑も在昔(むかし)封建門閥の時代に政治を始めとして人間万事圧制を以て組織したる世の中には、男女の関係も自から一般の風潮に従い、男子は君主の如く女子は臣下の如くにして、其尊卑を殊にすると同時に、君主たる男子は貴賤貧富、身分の区別こそあれ、其婦人に接するの法は恰も時の将軍大名を学んで傍若無人、これを冷遇し之を無視するのみか、甚しきは敢て婬乱を恣(ほしいまま)にして配偶者を虐待侮辱するも世間に之を咎むる者なく、却て其虐待侮辱の下に伏従する者を見て賢婦貞女と称し、滔々(とうとう)たる流風、上下を靡(なび)かして、嫉妬は婦人の敗徳なりと教うれば、下流社会も之を聞習い、焼餅(やきもち)は女の恥など唱えて、敢て自から結婚契約の権利を放棄して自から苦鬱の淵に沈むのみならず、

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菊池寛

【貞操問答】

「逸郎さん。私、やっぱり駅まで送って行ってあげるわ……駅へ行くの少しおっくうだけれどいいわ……このままでいいんだから……」と、云いさして良人(おっと)の方へ視線を向けて、
「逸郎さんを送って行ってもいいでしょう。ねえ、ちょっと行って来ますわ。」と、云った。いつものとおり、傍若無人で良人の意志など問題でないようであった。


 美沢の母の話によると、美和子は昨夜(ゆうべ)美沢と一しょに、鎌倉か逗子かへ遊びに行って、今朝二人で美沢の家へ帰って来たが、(家へ帰ると叱られるから、小母さまが行って、話をつけてくれ!)と傍若無人の駄々を、こねているらしかった。


 上々吉の開業日の、あくる日だった。
  まだ暮れて間のない七時頃に、美和子はお友達を五人連れて、勢いよく乗り込んで来た。その中に、相川さんというお嬢さんは、新子も一、二度顔を見たことのある美和子の親友だったが、他の四人は見知らぬ青年達で、美和子のいわゆる男友達(ボーイ・フレンド)らしく、美和子のその青年達に対する態度は、傍若無人であった。

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泉鏡花

【南地心中】

……右の片手を逆に伸して、引合せたコオトの襟を引掴(ひッつか)んで、何か、自分の胸が窮屈そうに、こう踠(もが)いて、引開(ひっぱだ)けようとしたんだがね、思う通りにならなかったもんだから、(ええ)と云うと、かと開(はだ)けた、細い黄金鎖(きんぐさり)が晃然(きらり)と光る。帯を掴んで、ぐい、と引いて、婦(おんな)の膝を、洋服の尻へ掻込(かいこ)んだりと思うと、もろに凭懸(もたれかか)った奴が、ずるずると辷(すべ)って、それなり真仰向(まあおむ)けさ。傍若無人だ。」

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尾崎紅葉

【金色夜叉】

風「どうかさう云ふ事にしてくれたまへ」
貫「それでは遊佐さん、これに御印(ごいん)を願ひませう。日限(にちげん)は十六日、宜(よろし)うございますか」
  この傍若無人の振舞に蒲田の怺(こら)へかねたる気色(けしき)なるを、風早は目授(めまぜ)して、
「間君、まあ少し待つてくれたまへよ。恥を言はんければ解らんけれど、この借金は遊佐君には荷が勝過ぎてゐるので、利を入れるだけでも方(ほう)が付かんのだから、

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菊池寛

【真珠夫人】

貴君に対する愛情と信頼とを、もつと心の中で、準備したいと思ひますの。だから、暫らくの間、本当に美奈子さんの姉にして置いて下さいませ。『源氏物語』に、末摘花と云ふのがございませう。あれでございますの。」
  さう云ひながら、瑠璃子は嫣然と笑つた。勝平は、妖術にでもかゝつたやうに、ぼんやりと相手の美しい唇を見詰めてゐた。瑠璃子は相手を人とも思はないやうに傍若無人だつた。
「ねえ! お父様! わたくしの可愛いお父様! さうして下さいませ。」


「さう/\。一寸御紹介して置きますわ。この方、法学士の渥美信一郎さん。三菱へ出ていらつしやる。それから、茲にいらつしやる方は、――さう右の端から順番に起立していたゞくのですね、さあ小山さん!」
  と彼女は傍若無人と云つてもよいやうに、一番縁側の近くに坐つてゐる、若いモーニングを着た紳士をゆびさした。紳士は、順字すなほにモヂ/\しながら立ち上つた。

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坂口安吾

【外套と青空】

 二人が知り合つたのは銀座の碁席で、こんなところで碁の趣味以上の友情が始まることは稀なものだが、生方うぶかた庄吉はあたり構はぬ傍若無人の率直さで落合太平に近づいてきた。庄吉は五十をすぎた立派な紳士で、高価な洋服の胸に金の鎖をのぞかせ、頭髪は手入れの届いたオールバックで、その髪の毛は半白であつたが、理智と決断力によつて調和よく刻みこまれた顔はまだ若々しく典雅で、整然たる姿に飾り気のない威厳がこもつてゐた。
  その庄吉が尾羽打枯らした三文文士の落合太平に近づくことも奇妙であつたが、近づき方がいかにも傍若無人の率直さで、異常と思はれぬこともない。初めて手合せをしただけで名刺を差出して名乗をあげて、それから後は入口で太平の姿を探して(太平は毎日のやうに来てゐたから)その横へドッカリ坐る。

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坂口安吾

【遺恨】

「オ代リを下さいませんか」
  女たちは何だ、という軽蔑しきった顔をした。そして、今までよりもケタタマシク額を集めたり、やにわにノケゾッて哄笑したり、傍若無人のフルマイをはねちらすのだ。その一々が先生に対する軽蔑としか思われず、こんな思いをするぐらいなら、もう一生涯、料理屋の門をくゞるまい。

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與謝野晶子

【晶子詩篇全集拾遺】

けれど、私の車の中には
鳥打帽をかぶつた、
汚れたビロオド服の大の男が
五人分の席を占めて、
ふんぞり反つて寝てゐる。
この満員の中で
その労働者は傍若無人ていである。
酔つてゐるのか、
恐らくさうでは無からう。


りん、りん、りんと鈴虫の声、
なんぞ傍若無人なる。
寸にも足らぬ虫なれど、
今彼れの心に
唯だ歌ありて一切を忘る。

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坂口安吾

【本郷の並木道 ――二つの学生街――】

 然し京都は、街全体がひとつの学生街である。河原町四条を中心とする京都の唯一の盛り場は、学生によつて氾濫し、占領されてゐるのである。喫茶店は言ふまでもなく、おでん屋の椅子の大部分も学生によつて占められてゐる。彼等はわが縄張りにゐるかの如く傍若無人である。わりかんで酒をのみ、忽ち酔ひ、駄洒落を飛ばし、女を口説いてゐるのであるが、うるさいこと、夥しい。学生にあらざるものは、人間にあらざるが如しである。

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宮本百合子

【その源】

 ユーモラスと感じてそれを聞くには、女のひとが分別あるべき年格好であるし、女のいじきたなさと微笑するには余り優越感めいた傍若無人さがつよく湛えられている。人々は、苦々しさをもって、其をきかされていたのであった。

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宮本百合子

【道標】

 そして伸子は、ふっと笑い出した。動坂の家の食堂のあっちこっちの隅には、いつもあらゆる形の箱だの罐だのがつみかさねられていた。中村屋の、「かりんとう」とかいた卵色のたてかん、濃い緑と朱の縞のビスケットの角罐、少しさびの来た古いブリキ罐、そんなものが傍若無人に、どっしりした英国風の深紅色に唐草模様のうき出た壁紙の下につまれている。

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大杉栄

【日本脱出記】

 フランスの水兵のジャン君もすぐと僕の直覚に同意した。そして僕は、デッキででも食堂ででもいつも傍若無人にふるまっているそいつらとは、とうとう終いまで、ただの一度も「お早う」の挨拶を交わしたことがなかった。

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寺田寅彦

【枯菊の影】

日曜に村の煮売屋などの二階から、大勢兵隊が赤い顔を出して、近辺の娘でも下を通りかかると、好的好的ホオテホオテなどと冷かしたり、グズグズに酔って二、三人も手を引き合うて狭い田舎道を傍若無人に歩いたりするのが、非常に不愉快な感じを起させた。兵隊はいやなものでも、将校と云うものはいいものだろうと思っていたが、いつか練兵場で練兵するのを見ていたら、若い将校が一人の兵隊をつかまえて、何か声高にののしっていた。

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高村光太郎

【智恵子抄】

  報告(智恵子に)

日本はすつかり変りました。
あなたの身ぶるひする程いやがつてゐた
あの傍若無人のがさつな階級が
とにかく存在しないことになりました。
すつかり変つたといつても、
それは他力による変革で
(日本の再教育と人はいひます。)

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若山牧水

【木枯紀行】

 此処の宿屋でまた例の役人連中と落合ふことになつた。ひとの食事をとつてゐる炬燵にまで這入つて来て足を投げ出す傍若無人の振舞に耐へかねて、膳の出たばかりであつたが、わたしはその宿を出た。そして先刻知り合ひになつた爺さんのうちにでも泊めて貰はうとその家を訪ねた。

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小熊秀雄

【小熊秀雄全集-5 詩集(4)小熊秀雄詩集2】

月の光を浴びて

私の悲しいと思つたときに、
月がのぼつてきた、
自然は私のもの人間のもの、
なんといふお誂らへ向きだらう、
そして私の機嫌はいつぺんになほつた、
大股に歩るきながら
そして私は考へるのだ、
とにかくわれわれは
敵に憎まれる必要がある、
その必要のためにのみ
貴重な口を開け、
大事な足を前に出せ、
傍若無人の行為は許されてゐるのだ、
――傍若無人はいけない、
といふものがあれば、それは味方ではない敵だ、
退屈な月夜を
泣いて暮らすのはいゝ気分だ、

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横光利一

【頭ならびに腹】

 彼は頭を振り出した。声はだんだんと大きくなつた。彼のその意気込みから察すると、恐らく目的地まで到着するその間に、自分の知つてゐる限りの唄を唄ひ尽さうとしてゐるかのやうであつた。歌は次ぎ次ぎにと彼の口から休みなく変へられていつた。やがて、周囲の人々は今は早やその傍若無人な子僧の歌を誰も相手にしなくなつて来た。さうして、車内は再びどこも退窟と眠気のために疲れていつた。

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国枝史郎

【弓道中祖伝】

 ここへ行く一団もそれであって、「あばら組」という組であり、頭目は自分で南朝の遺臣、しかも楠氏の一族の、恩地左近(おんじさこん)の後統である、恩地雉四郎であると称していたが、その点ばかりは疑わしかったが、剽悍の武士であることは、何らの疑いもないのであった。
  この一団が傍若無人に、それほど夜も更けていないのに、京都の町をざわめきながら、小走りに走って行くのであった。

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牧逸馬

【助五郎余罪】

 豊住又七というこの笛の師匠が、その芸に対する賞讃と同じ程度に人間として、色々悪い評判のあることは、助五郎も以前以前(まえまえ)から聞き込んでいた。自信が強過ぎるとでも言おうか、万事につけて傍若無人の振舞いが多く、この点でも充分遺恨うらみを含まれるだけのことはあったろうが、その上に、又七は有名な吝嗇家けちんぼうなばかりか、蓄財のためにはかなり悪辣な手段を執ることをも敢て辞さないと言ったようなところがある、

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長谷川時雨

【鬼眼鏡と鉄屑ぶとり 続旧聞日本橋・その三】

このおばあさんと、死んだ連合つれあいとが、前にいった大長者格の呉服問屋、丁吟ちょうぎんからのれんを貰って、幕末明治のはじめに唐物屋を開いたのが大当りにあたって、問屋まちに肩をならべ、しかも斬新ざんしんな商業だけに、横浜の取引、外国人との接触などで、派手であり暮しむきも傍若無人な、金づかいのあらいものだったのだ。

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佐々木味津三

【旗本退屈男 第五話 三河に現れた退屈男】

「わははははは、左様か左様か。畜生共に恋風が吹きおったかい。わははは、わははは。道理でのう、道理でのう、いや、無理もないことじゃ、牝と牡なら至極無理もないことじゃ」
  カンカラと声を立てて退屈男は、傍若無人に笑いました。しかし、笑っていられないのはふり落された二人です。退屈男のその大笑いを、己れ達に加えられた嘲笑とでも勘違いしたのか、果然その満面に怒気を漲らせると、身も心もないもののように只おろおろと打ち慄えていた若者の近くへ、大刀をひねりひねり歩みよりながら、鋭くあびせかけました。

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伊藤野枝

【ある男の堕落】

 Oは私にYを小説の中の人物の気で見ていろといいました。私もややそれに似た気持ちで見てはいましたけれど、そしてまた、彼の無知からくる子供らしい率直さを、充分に知ることはできましたけれど、それにもかかわらず、彼の中に深く根ざされている、傍若無人に振舞っている間にも、必ず他人の心の底を覗こうとする一種の狡猾さと、他の好意につけ込む図々しさと執拗さとにはどうしても眼をつぶる訳にはゆきませんでした。

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海野十三

【奇賊は支払う 烏啼天駆シリーズ・1】

その実一度だって捕えたこともなく、つまりは袋探偵は余輩天駆の名声に便乗し虚名をほしいままにしているのだとある。
  これに対して、探偵袋猫々は曰く、「烏啼天駆の如き傍若無人ぼうじゃくぶじんの兇賊を現代にはびこらせておくことは、わが国百万の胎児を神経質にし、将来恐怖政治時代を発生せしめる虞(おそ)れがある。兇賊烏啼天駆は一日も早く絞首台へ送らざるべからず、

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林不忘

【丹下左膳 日光の巻】

 若君源三郎はいなくても、安積玄心斎、谷大八等、すこしもあわてません。
「なんの、源三郎様にかぎって、まちがいなどのあろうはずはない。かならず今にも、あのとおり蒼白いお顔で、ブラリと御帰還になるにきまっている」
  一同、こうかたく信じて疑わないから、源三郎がいなくても平気なものだ。あい変わらず傍若無人に振る舞って頑張がんばっている。

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黒島伝治

【防備隊】

「こらッ! 通行票を出せッ!」
  日本人の威張り方は傍若無人だ。この春、三月、君は奉天に来たね。奉天城内の四平街と云えば目抜きの場所だ。君覚えているだろう? 平生ふだんは、人間や洋車ヤンチャや馬車が雑沓しているところだ。

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九鬼周造

【祇園の枝垂桜】

この美の神のまわりのものは私にはすべてが美で、すべてが善である。酔漢が一升徳利をかかえて暴れているのもいい。群集からこぼれ出て路端に傍若無人に立小便をしている男も見逃してやりたい。どんな狂態を演じても、どんな無軌道に振舞っても、この桜の前ならばあながち悪くはない。

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板倉勝宣

【五色温泉スキー日記】

小林は汽車が出るともう眠ろうと心がけている。世の中に眠りにきたように心得ている。そのくせ十二時頃から騒ぎ出して人の眠りを妨げた上にトランプを強いた。無暗と騒ぐので四方で迷惑したに違いない。その時は周囲に人がいるのは気がつかなかった。傍若無人とはこれだろう。福島で夜があけた。小池は長い足のやり場に困っている。馬を積む貨車に入れるとよかったがもう仕方がない。これから二台の機関車で前後から持ち上げられるのだ。

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夢野久作

【名君忠之】

「アッハッハッハッ。面白い面白い」
  酒気を帯びた塙代与九郎昌秋は二十畳の座敷のマン中で、傍若無人の哄笑を爆発さした。通町の大西村と呼ばれた千二百石取の本座敷で、大目付の内達によって催された塙代家一統の一族評定の席上である。

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長谷川時雨

【マダム貞奴】

「沢山な毛髪かみのけのなんのって、お風呂の中でといて、ぐるぐると巻いているのを見ると、ほんとにその立派なことって……」
  彼女の傍若無人であったことには、好い心持ちではなかったらしいが、その容姿については感嘆していた。それはたしか彼女が十九位のことであった。

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中里介山

【生前身後の事】

彼は京阪、九州地方まで無断興行をして歩いたり、ロクでもないレコードを取ったり、傍若無人の反抗振りを示したが、最後に根岸君の手から謝罪的文の一通を取り全く大菩薩峠から絶縁することになって(つまり沢田はもう決して大菩薩峠を演らない)という一札が出来上ってケリがついたのだ、

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谷譲次

【踊る地平線 ノウトルダムの妖怪】

近頃めりけんからでも渡んなすったかね? といいたげな、いかさま大胆沈着・傍若無人の不敵な空気が、世慣れたこなしとともにうっそりと漂っているんだから、瞬間にして、私は思った。

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岡本かの子

【鶴は病みき】

たとえば今日泳がなくても主人の免許を受けたことは飽迄あくまで()も事実であるのに、浅はかな人達よ。何とでも思うが好い。と私はぐっと、息を詰めて堪えて居た。赫子は、云うだけは云ったが、折角の計劃が無になったいまいましさを紛らす為めか傍若無人にたてつづけの鼻唄はなうた

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岸田國士

【戯曲二十五篇を読まされた話】

一疑問符のかもしだす幻象イメージの深さを見給へ。しかしこれは、一寸した発見に過ぎない。なぜなら、これは稲垣氏に何ものをも加へることにならないであらうから。
  連日、傍若無人な言辞をろうして、他人の作品を褒めたりけなしたりした男が、事もあらうに、同じ月の「女性」所載「葉桜」の作者であることは誠にもつて笑止千万である。

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田畑修一郎

【鳥羽家の子供】

 その頃から軍治は来る客来る客に憎しみを覚え始めたのだつたが、それを幾にどう言つたらいゝものか解らなかつた。肩を張り廊下を踏み鳴らす客、傍若無人に女中を叱りつける客、それに対して、女中はもとより、幾も亦唯々ゐゝとして言ふなりに動きまはるのが、見てゐて軍治は苦痛だつた。

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狩野亨吉

【安藤昌益】

彼が我民族を建てようとの意志熱情は到る處に表はれて實にいたましい程である。彼は神を信ぜず佛を信ぜず又聖人を信ぜず、全く傍若無人の言を弄して憚らざるにも係らず、事苟も我國の利害に關すと見れば、蹶然起つて神國を喚び、此神國をどうする積りであるかと詰責するのである。

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石川三四郎

【浪】

「新紀元は一個の僞善者なりき。彼は同時に二人の主君に奉事せんことを欲したる二心の佞臣なりき。彼は同時に二人の情夫を操縱せんことを企てたる多淫の娼婦なりき」
  と絶呼しました。
  まことに傍若無人の態度で『慚謝』の心情など些かも窺はれない放言でありますが、ここが木下の人柄とでも言ふべきでありませう。一年間、熱心に『新紀元』に應援または協力して來た青年同志達は或は失望し、或は憤激し、或は呆れましたが、

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岡本綺堂

【綺堂むかし語り】

 浴客同士のあいだに親しみがあると共に、また相当の遠慮も生じて来て、となり座敷には病人がいるとか、隣りの客は勉強しているとか思えば、あまりに酒を飲んで騒いだり、夜ふけまでを打ったりすることは先ず遠慮するようにもなる。おたがいの遠慮――この美徳はたしかに昔の人に多かったが、殊に前に云ったような事情から、むかしの浴客同士のあいだには遠慮が多く、今日のような傍若無人ぼうじゃくぶじんの客は少なかった。

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Last updated : 2024/06/28