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茫然自失
ぼうぜんじしつ |
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作家
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作品
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夏目漱石 |
【人生】
人豈(あに)自ら知らざらんや、「ポー」の言を反覆熟読せば、思半(なか)ばに過ぎん、蓋(けだ)し人は夢を見るものなり、思ひも寄らぬ夢を見るものなり、覚めて後冷汗背に洽(あまね)く、茫然自失する事あるものなり、夢ならばと一笑に附し去るものは、一を知つて二を知らぬものなり、夢は必ずしも夜中臥床の上にのみ見舞に来るものにあらず、青天にも白日にも来り、大道の真中にても来り、衣冠束帯の折だに容赦なく闥(たつ)を排して闖入(ちんにふ)し来る、
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幸田露伴 |
【名工出世譚】
何とはなく変つた家内の様子、奥の間より洩れて来る線香の香などにハッと驚きながらに通されると、未だ通知も届かぬ刻限なのにようこそ来た、実は母が八十の高齢で遂に昨日死んだとの悼(くや)み言(ごと)、釜貞は仏前へ差出す一物もなく、まして非常の際に無心に来たとも言はれもせず、茫然自失の体(てい)であつた。
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岸田國士 |
【強ひられた感想】
かういふ情勢の中で、われわれが一番もどかしく感じるのは、例の、文学に現はれた「文壇的奇習と方言」の存在である。文学が等しく「世間」を描いて、しかも、そのうちに「世間」を住はせない狭量または潔癖である。自分のうちにないものを、あるかの如く見せる幼稚な手品は、往々にして、非文学的俗臭を放つことがある。訛る標準語と同様、世間の識者を茫然自失せしめる所以である。実際、かういふことをむきになつて云ひ出しても、文学の面貌が一新するまでには、五十年はかかるだらう。(一九三六・一) |
坂口安吾 |
【安吾巷談 東京ジャングル探検】
さて、いよいよ上野ジャングル探険記を語る順がまわってきた。四月十五日に探険して、それから一週間もすぎて、まだこの原稿にかかっているにはワケがある。私も上野ジャングルには茫然自失した。私がメンメンとわが不良の生涯を御披露に及んだのも、かかる不良なる人物すらも茫々然と自ら失う上野ジャングルを無言のうちに納得していただこうというコンタンだった。 |
泉鏡花 |
【黒百合】
羽撃(はばたき)聞えて、鷲は颯(さっ)と大空から落ちて来た。頂高く、天近く、仰げば遥かに小さな少年の立姿は、狂うがごとく位置を転じて、腕白く垂れたお雪の手が、空ざまに少年の頭(かしら)に縋ると見た。途端に巌は地を放れて山を覆えるがごとく、二人の姿はもんどり打って空に舞い、滝の音する森の中へ足を空に陥(おちい)ったので、あッと絶叫したが、理学士は愕然(がくぜん)として可恐(おそろし)い夢から覚めたのである。拓は茫然自失して、前(さき)のまま机に頬杖を突いた、その手も支えかねて僵(たお)れようとしたが、ふと闇(やみ)のままうとうとと居眠ったのに、いつ点(つ)いたか、見えぬ目に燈(ともしび)が映えるのに心着いた。 確かに傍(かたわら)に人の気勢(けはい)。 |
田中貢太郎 |
【日本天変地異記】
一朝今回のような大地震に遭遇すると、大半は周章狼狽為(な)すところを知らなかった。世の終りを思わすような激動が突如として起り、住屋を倒し、神社仏閣を破り、大地を裂き、その裂いた大地からは水を吹き、火を吐き、海辺の国には潮が怒って無数の人畜の生命を奪うのに対して、茫然自失、僅かに地震の神を祭ってその禍を免れようとしたのは無理もないことである。後世からは、和歌連歌に男女想思の情を通わして、日もこれ足りないように当時の文華に酔うていたと思われる
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宮本百合子 |
【三郎爺】
或る日、フイと女房の後妻になっている店先へ現れた彼は、帳場の側に坐って、何か選りわけている女房の顔を見ると、とてつもない大声で、訳の分らないことを二口三口立て続けに喋ると、やにわに手を延ばして、女房を掴んだ。そして、彼がどこの何者だか知らない亭主が、あっけにとられて、眼ばかり瞬きながら、茫然自失している隙に、女房の手を小脇にかいこむと、彼の能うかぎりの全速力で駈け出した。 口も利けないようになった女房は、片方だけ草履を引かけたまま、大きな彼の体の傍にまるでお根附けのようにして、家まで引っぱられて駈けて来たのである。 |
大杉栄 |
【獄中消息】
大杉伸宛・明治四十二年十一月二十四日父の死! 事のあまりに突然なので、僕は悲しみの感よりはむしろ驚きの感に先きだたれた。したがって、涙にくるると言うよりはむしろ、ただ茫然自失という体であった。すると、この知らせのあった翌日、君が面会に来た。そして家のあと始末を万事任せるとの委任状をくれと言う。僕は承知した。 |
西尾正 |
【陳情書】
従って茲(ここ)で、如何に私の衝動(ショック)が烈しいものであったかを説明申したとて無駄で有りましょう。私は其の宿に来た目的も打ち忘れて、不可解な一致に茫然自失した儘、襖が開いて男が現われ、どうぞお上りを、と掛けた言葉を夢の様な気持ちで聞いて居りました。一旦否定した疑惑が眼鏡を認めるに及んで更に深まったのであります。
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南方熊楠 |
【十二支考 馬に関する民俗と伝説】
またアラビヤ人集まった処で一人ローランに仏人能く屁を怺(こら)えるの徳ありやと問うた。無理に怺えてはすこぶる身を害すれど、放(ひ)って人に聞かしむるを極めて無礼とす、しかしそれがため終身醜名を負うような事なしと答うると、斉(ひと)しく一同逃げ去った。問いを発した本人は暫く茫然自失の様子、さて一語を出さず突然起って奔りおわり爾後見た事なしと。ロ氏のこの談で察すると、当時仏人は音さえ立てずば放って悔いなんだらしい。
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夢野久作 |
【戦場】
……それが突然に大空から滴(した)たり流れるマグネシューム光の下で、燐火の海のようにギラギラと眼界に浮かみ上っては又グウウ――ンと以前(もと)の闇黒の底に消え込んで行く凄愴(せいそう)とも、壮烈とも形容の出来ない光景を振り返って、身に沁み渡る寒気と一緒に戦慄し、茫然自失しているばかりであった。天幕の中に帰って制服のまま底冷えのする藁(わら)と毛布の中に埋まってからも、覚悟の前とはいいながら、自分は何という物凄い処に来たものであろう。
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田中貢太郎 |
【死体の匂い】
大正十二年九月一日、天柱拆(さ)け地維欠くとも言うべき一大凶変が突如として起り、首都東京を中心に、横浜、横須賀の隣接都市をはじめ、武相豆房総、数箇国の町村に跨がって、十万不冥の死者を出した災変を面(ま)のあたり見せられて、何人か茫然自失しないものがあるだろうか。
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海野十三 |
【地球発狂事件】
政治家も軍人も財閥も技術者も科学者も、この驚異的事態を真に了解した者は、いずれも皆茫然自失の結果、虚脱状態となってしまった。どうしたらいいのか、何も考えられない。どこから手をつけてよいか皆目わからないのだ。これが人間同士なら北の涯の者と南の涯の者の間にも、言葉は通じなくとも何とか意志を通ずる方法もあるし、相手の気持も能力も信頼度も、まず大体察知し得られる。
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中里介山 |
【大菩薩峠 壬生と島原の巻】
島原の誇りは「日本色里(いろざと)の総本家」というところにある、昔は実質において、今は名残(なご)りにおいて。今の島原は全く名残りに過ぎない。音に聞く都の島原を、名にゆかしき朱雀野(すざくの)のほとりに訪ねてみても、大抵の人は茫然自失(ぼうぜんじしつ)する。家並(やなみ)は古くて、粗末で、そうして道筋は狭くて汚ない。前を近在の百姓が車を曳いて通り、後ろを丹波鉄道が煤煙(ばいえん)を浴びせて過ぐる、その間にやっと滅び行く運命を死守して半身不随の身を支えおるという惨(みじ)めな有様であります。 |
穂積陳重 |
【法窓夜話】
ムーアは、さもこそと打笑って、「君の懐中物は先ほどの耳打の際に既に被告の手に渡りました。これ君の不注意が自ら招いた禍であって、今更誰を咎(とが)めん途もありません」と言うたので、一座は且つ驚き且つ笑った。さすがの判事も茫然自失、一言をも出さなかったが、それより以後は、決して再び被害者を叱らなかったとかいうことである。
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ビクトル・ユーゴー |
【レ・ミゼラブル 第一部 ファンティーヌ】
それはあわれなファンティーヌに取っては身に余るほどのことだった。コゼットといっしょになる! この汚辱の生活から脱する! 自由に、豊かに、幸福に、正直に、コゼットとともに暮らす! この悲惨のただ中に突然現実の楽園が開ける! 彼女は自分に話しかけてるその人を茫然自失したかのように見守った、そして「おお、おお!」と二、三のすすり泣きが出るきりだった。
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コナン・ドイル |
【暗号舞踏人の謎】
彼は町から以来と云うものは、全く不安に塞(とざ)されたままで、ただ凝(じっ)と朝刊に、不安な目を向けているだけであった。そして結局、最も悪い結果の予想が、俄然はっきりしてしまってからは、彼はもう救うべからざる憂欝に陥ってしまったのであった。彼は坐席に凭(もた)れて、沈思のために全く茫然自失の容子であった。しかしもちろん我々の馬車の両側には、とても興味ある眺望があったのであった。
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エドガー・アラン・ポー 佐々木直次郎訳 |
【黄金虫】
この暗合の不思議さはしばらくのあいだ僕をまったく茫然(ぼうぜん)とさせたよ。これはこういうような暗合から起る普通の結果なんだ。心は連絡を――原因と結果との関連を――確立しようと努め、それができないので、一種の一時的な麻痺(まひ)状態に陥るんだね。だが、僕がこの茫然自失の状態から回復すると、その暗合よりももっともっと僕を驚かせた一つの確信が、心のなかにだんだんと湧(わ)き上がってきたんだ。僕は、甲虫の絵を描いたときには羊皮紙の上になんの絵もなかったことを、明瞭(めいりょう)に、確実に、思い出しはじめた。
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