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奔放自在
ほんぽうじざい
作家
作品

菊池寛

【真珠夫人】

「奥さんが!」そう云った青年の顔は、何故なぜだか、一寸ちょっと淋しそうに見えた。青年は又黙ってしまった。
 自動車は、風をいて走った。可なり危険な道路ではあったけれども、日に幾回となく往返ゆきかえりしているらしい運転手は、東京の大路を走るよりも、邪魔物のないのを、結句気楽そうに、 奔放自在ほんぽうじざいにハンドルを廻した。その大胆な操縦が、信一郎達をして、時々ハッと息をませることさえあった。
「軽便かしら。」と、青年が独語ひとりごとのように云った。いかにも、自動車の爆音にもまぎれない轟々ごうごうと云う響が、山と海とに反響こだまして、段々近づいて来るのであった。

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菊池寛

【貞操問答】

 いかにも、あどけない少女らしく見えていて、男心を捕えるのに妙を得て、奔放自在、しかもどっかに才気の閃きを見せて艶冶えんやである、こんな少女を、一体どこで見つけて来たのだろうと、前川は感嘆しながら、心の底まで楽しくなっていた。二人の連れの一人が、前川を先生と呼ぶのを早くも聞き覚えて、
「ねえ。先生、グウ、チョキ、パッをしない?」と、可愛い握り拳を出した。
 子供のやる気合ゲームで、相手がグウを出せと云ったら、それに誘われないように、チョキかパッを出さねばならない。


 昨日きのうだって、前川と美和子とが、一しょに店を出て行った後は、仕事も手につかないほど取乱していた自分が、自分で分っていたし……。これから先も、自分が、前川には遠慮があって、思うことの三分の一も話せないのに、妹があの調子で、渾身こんしんの力を振って甘えかかって行ったら……、しかも、あの奔放自在な媚態で……。などと、考えて来ると、新子はいらいらして乾いて来る自分の心を、制しきれなかった。

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寺田寅彦

【連句雑俎】

月が七句目のへんに来ているのは、表の月に照応してもう一度同じテーマを繰り返すことによって表の気分を継承した形である。そうして名残なごりの表に移らんとする二句前に花が現われて、それがまさにきたらんとするほがらかな活躍を予想させるようにも思われる。さて、いよいよ名残なごり十二句のスケルツォの一楽章においては奔放自在なる跳躍を可能ならしむるため、最後から一つ前の十一句目までは定座のような邪魔な目付け役は一つも置かないことにしてある。

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坂口安吾

【ニューフェイス】

 暮方から客扱いを見ていると、全然ズブの素人で、型に外れているのが面白い。普通の素人娘のうちでも、この娘などは特別立居振舞の投げやりで粗暴な方であるらしい。然し、女のやさしさやタシナミに欠けるようでありながら、巧まざる色気がこもっていて、申さばシンちゃんの言う如くチャーミングなところがある。だから、粗暴というよりも、奔放自在という感じをうけ、同時に、大いに初々しい。全然笑顔を忘れた仏頂ヅラであるが、これも亦、初々しいという感じで、人に不愉快は与えない。十人並より少しはマシなキリョウであった。思いのほかに上乗な感じであるから、これは案外ホリダシモノだと内心よろこんでいる。

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岸田國士

【苦労人クウルトリイヌについて】

 わがクウルトリイヌは、青年と共に哄笑し、壮年者と共に苦笑し、老人と共に微笑する体の「苦労人」であると同時に、その奔放自在なフアンテジイは、人生の悲痛な半面を描くに際しても、常に、朗らかな心境と豊かな生活力を反映させてゐる。老若男女を問はず、苟くも、「人生を批判する興味」を興味とするほどのものは、挙げて彼の作品に傾倒する所以である。

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南部修太郎

【氣質と文章】

また一字一句もいやしくせず、字の使ひ方假名使ひにまで神經をくばり、營營切切と文章をなす人もあれば、筆の走り動くがままに、驚くばかりの早さで、奔放自在に文章をなして行く人もある。ざつと言へば、今は亡き作家の中で芥川龍之介などは刻苦精勵型、直木三十五などは先づ奔放自在型だつたと言へるであらう。二人の文章の一端を捉へ來つて對象してみれば、前者のそれには如何に神經が鋭く行きわたり、また一字一字が如何に骨を折つて書かれてゐるかが忽ち感じられるし、後者のそれには如何に筆勢が躍動して、時にはやや粗雜に書きなぐるといふほどに筆が走りまはつてゐるのを忽ち感じるであらう。それぞれに文章としての特色はあれ、結局氣質が如何に文章に働きかけるかをおのづから語るものだ。


 或る時ドストイェフスキイはさう呟いたといふ。格別な家柄でもなく一介の土木技手上りに過ぎない貧乏な作家と、大地主で大金持で伯爵の名門に生れた作家と、その呟きには何か胸を打つものさへあるが、とにかくドストイェフスキイは時には境遇的にも自分の原稿を讀み返す暇さへ持てなかつた。が、大體氣質的にも奔放自在型の作家であるドストイェフスキイは特に文章を推敲琢磨するといふやうな努力は全然持たなかつた。その點刻苦精勵型のチェエホフとは全く反體で、手元に置けば置くほどその文章は或は長くなつたかも知れない。從つて、ドストイェフスキイの文章は時とすると粗雜で冗漫で、思はず欠伸を感じるほど退屈な場合さへある。然し、それにも拘らずドストイェフスキイはなほ且つ偉大なのだ。

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豊島与志雄

【「草野心平詩集」解説】

 古代狩猟の景観は、銀壺の文様に制約されて、いささか窮屈な憾みなしとしない。
 ところが、「牡丹圏」になると、突如、絢爛たる大舞台の幕が切って落され、咲き乱れてる牡丹の花を背景に、大猩猩が存分に舞い狂う。次の大舞台では、牡丹の花と天女の音楽のなかで人間と鬼との、奇怪な、滑稽な、実は真面目な出会。そして最後に、螺鈿の天の大満月。――表現は奔放自在、韻律を無視した語彙。まさに歌舞伎のそれである。

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野上豊一郎

【レンブラントの国】

 レンブラントを十五歳の年長者なる同時代のルーベンスに比較すると、同じネーデルランドの画家でありながら、何と相違のあることだろう。前者はどこまでも地道な写実主義から出発して、執拗にその道から踏み出すまいとかじりついているに対し、後者は奔放自在に筆を駆使して天に登ったり地にもぐったりして端倪を知らざるものがある。どちらも抜群の色彩家ではあるが、前者は暗褐色の主調を最後まで守り通しており、後者は赤赤とした鮮明な絵の具を吝みなくぬたくり附けて、途方もなく大きなカンヴァスの上にはちきれそうな肉体を無数に列べ立てて居る。

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山中貞雄

【五題】

 第三は好きな脚色家。
アメリカのほん屋でオリヴァ・ギャレット、グロバー・ジョンス、ヴィンセント・ローレンスあたりです。
 序にあちらでは一本のシナリオを二人が、時としては三人四人が協同で書き上げているのを屡々見受けますが、アメリカ映画のシナリオの明朗さ、洒落気、と云いますか、あの奔放自在に与太が乱れ飛ぶところは、勿論アメリカ人の国民性にも起因するでしょうが、あの数人が協同で脚色すると云う事にも、多少は原因して居るのでは無いかと思われます。

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夢野久作

【甲賀三郎氏に答う】

 この故に探偵小説は現在の如く、ほかの芸術のアパートに間借りして、小さくなって生活すべき性質のものでない。近い将来に於て、過去の一切の芸術を圧倒し、圧殺して、芸術の全アパートを占有し、奔放自在に荒れまわるであろうところの最も新しい芸術の萌芽でなければならぬ。あらゆる虚栄と虚飾におごる功利道徳と科学文化の荘儼……燦爛として眼をくらます科学文化の外観を掻き破って、そのドン底に萎縮し藻掻もがいている小さな虫のような人間性……在るか無いかわからない超顕微鏡的な良心を絶大の恐怖、戦慄にまで曝露して行くその痛快味、深刻味、凄惨味を心ゆくまで玩味させるところの最も大衆的な読物でなければならぬ。

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  • それぞれの四字熟語の詳しい意味などは、辞典や専門書でお確かめください。
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Last updated : 2024/06/28