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砲刃矢石
ほうじんしせき
作家
作品

島崎藤村

【夜明け前 第一部下】

 幕府方にはすでに 砲刃矢石ほうじんしせきの間に相見る心が初めからない。金扇のかがやきは高くかかげられても、山陽道まで進もうとはしない。大軍が悠々ゆうゆう閑日月かんじつげつを送る地は豊臣とよとみ氏の恩沢を慕うところの大坂である。ある人の言葉に、ほととぎすはいて天主台のほとりを過ぎ、五月さつきの風は茅渟ちぬ浦端うらわにとどまる征衣を吹いて、兵気も三伏さんぷくの暑さにみはてた、とある。
 過ぐる文久年度の生麦なまむぎ事件以上ともいうべき外国関係の大きなつまずきが、この不安な時の空気の中に引き起こって来た。

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Last updated : 2024/06/28