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無色透明
むしょくとうめい
作家
作品

坂口安吾

【安吾巷談 湯の町エレジー】

 人間がみんな聖人になり、この世に悪というものがなくなったら幸福だろうと思うのは、茶飲み話しの空想としては結構であるが、大マジメな論議としては、正当なものではないだろう。人間のよろこびは俗なもので、苦楽相半ばするところに、あるものだ。悪というものがなくなれば、おのずから善もない。人生は水の如くに無色透明なものがあるだけで、まことにハリアイもなく、生きガイもない。眠るに如かずである。

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種田山頭火

【其中日記 (八)】

 四月十一日 曇、身心すぐれず。

しようことなしにポストまで、そして米と油とを買うて戻つた。
無味無臭、無色透明の世界に住みたい。
水、餅、豆腐、飯。……

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和辻哲郎

【歌集『涌井』を読む】

どんなにはげしい内容を取り扱われる場合でも、いかにも淡々として、透明な感じを与える。わたくしはこの透明さが表現の極致ではないかと考えている。ちょうど無色透明で歪みのない窓ガラスが外の景色を最も鮮やかに見せてくれるように、表現の透明さは作者の現わそうとするものを最も鮮明に見せてくれる。

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神西清

【わが心の女】

 僕はまた、ほとんど毎晩のやうに、一流の劇場のボックスに納まつた。そこでは、盛装を凝らした紳士淑女の姿に接することができる。盛装とは言つても、もちろん男子服はあくまで無色透明、婦人服は淡青色透明のガラス織であることは変りはない。その代り様々のアクセッサリーの趣向にかけて、特に女性は恐らく世界最高の 洗煉せんれんに達してゐると称していいだらう。例へば某高官の美しい夫人は、臍窩せいかにダイヤモンドをめこんでゐる。

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徳冨盧花

【水汲み】

 しかしいつまで川水を汲むでばかりも居られぬので、一月ばかりして大仕掛おほじかけ井浚いどさらへをすることにした。赤土からヘナ、ヘナから砂利、と一丈余も掘つて、 無色透明 むしよくとうめい無臭むしうさうして無味の水が出た。奇麗きれいさらつてしまつて、井筒にもたれ、井底せいていふかく二つ三つの涌き口から潺々せん/\と清水の湧く音を聴いた時、最早もう水汲みづくみの難行苦行もあとになつたことを、嬉しくもまた残惜のこりをしくも思つた。

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北大路魯山人

【だしの取り方】

 昆布のだしを取るには、まず昆布を水でぬらしただけで一、二分ほど間をおき、表面がほとびた感じが出た時、水道の水でジャーッとやらずに、トロトロと出るくらいに昆布に受けながら、指先で器用にいたわって、だましだまし表面の砂やゴミを落とし、その昆布を熱湯の中へサッと通す。それでいいのだ。これではだしが出たかどうか、心配なさるかも知れない。出たか出ないかはちょっと汁を吸ってみれば、無色透明でも、うま味が出ているのがわかる。量はどのくらい入れるかは実習すれば、すぐにわかる。このだしはたいのうしおなどの時はぜひなくてはならない。

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太宰治

【春の枯葉 ―――一幕三場】

(野中) サントリイウイスキイ。(と言いながら一升瓶を目の高さまで持ち上げ、電燈の光にすかして見て)無色透明なるサントリイウイスキイ。一升百五十円。

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海野十三

【崩れる鬼影】

 全く不思議です。盥位の大きさのものをこの室内から外に投げたと思われるのに、それが見えなかったというのは、どうしたわけでしょう。――そうだ。こういうことが考えられるではありませんか。げられたものが、無色透明の物体だったとしたらどうでしょうか。 かりに盥ほどもある大きい硝子ガラスかたまりだったとしたら、そいつは私の眼にもうつらないで、この室から外へ抛げることが出来たでしょう。その外に解きようがありません。
 しかしながら、そんな大きい無色透明の物体なんて るのでしょうか。そいつは一体何者でしょうか。それは室内しつないのどこに置いてあって、どういう風にして窓硝子へぶっつかったのでしょうか。

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宮本百合子

【伊太利亜の古陶】

晨子は、静かな、おっとりした何でもひとまかせな性質であった。はっきりした欠点は一つもない代り、紹介する時とり立てて相手の興味をくような何ものをも持たなかった。上品でこそあれ、彼女の容貌もごく十人並であった。父の高畠子爵が夫人に向って、
「あれは幾つになっても無色透明だな。あれでもよしわるしだ」
と述懐した、その通りの娘なのであった。どうかして、難しい小姑という地位に置かれないうち、自分だけ幸福に見すてられたと妹の島田を見て思わないうち、晨子の運命を明るくしたいという親心を、日下部太郎は同情を以て推察した。

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小出楢重

【めでたき風景】

私は友人を招いて水面を指した、彼はなるほどといってまた他を招いた、三人は折重って倒影の去来を楽しむのであったが、時々水をむ奴があるので美女は破れて皺が寄るのであった。ようやくにして波静まると思えば倒影は立ち去って無色透明であったりした。私たちは毎日水槽の一等席を争ったものだったが、数日の後、水槽の真中に一枚の板が張られていた。

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Last updated : 2024/06/28