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横行闊歩/横行濶歩
おうこうかっぽ
作家
作品

夏目漱石

【吾輩は猫である】

彼はその身も数ヶ月以前までは学生の身デカルトは「余は思考す、故に余は存在す」というにでも分るような真理を考え出すのに十何年か懸ったそうだ。すべて考え出す時には骨の折れるものであるから猿股の発明に十年を費やしたって車夫の智慧ちえには出来過ぎると云わねばなるまい。さあ猿股が出来ると世の中で幅のきくのは車夫ばかりである。あまり車夫が猿股をつけて天下の大道を我物顔に横行 濶歩 かっぽ するのを憎らしいと思って負けん気の化物が六年間工夫して羽織と云う無用の長物を発明した。

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坂口安吾

【本郷の並木道 ――二つの学生街――】

彼はその身も数ヶ月以前までは学生の身分であったことを物の見事に忘却し、京都の学生の横行闊歩を憎むこと、不倶戴天の仇敵を見るようである。なるほど東京の学生は、とてもこうはもてないのである。失われた青春が、三宅君の癪のたねであったらしい。

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葉山嘉樹

【労働者の居ない船】

彼女の、コムパスは酔眼朦朧たるものであり、彼女の足は蹌々踉々として、天下の大道を横行闊歩したのだ。 素面の者は、質の悪い酔っ払いには相手になっていられない。

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菊池寛

【ある抗議書】

私と父とは、段々心細く思わずには居られませんでした。それと共に、かかる兇悪無残な悪徒を、逮捕し得ざる警察を呪い、またかかる悪徒の横行闊歩して居る世の中が嫌になりました。

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國木田独歩

【空知川の岸辺】

 余は此男の為す処を見、其語る処を聞いて、大に得る処があつたのである。よしや此一小旅店の主人は、余が思ふ所の人物と同一でないにせよ、よしや余が思ふ所の人物は、此主人より推して更らに余自身の空想を加へて以て化成したる者にせよ、彼はよく自由によく独立に、社会に住んで社会に圧せられず、無窮の天地に介立して安んずる処あり、海をも山をも原野をもた市街をも、我物顔に横行濶歩して少しも屈托せず、天涯地角到る処に花の かんばしきを嗅ぎ人情の温かきに住む、げに男はすべからく此の如くして男といふべきではあるまいか。

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徳富蘇峰

【将来の日本】

 吾人は実にこれをあやしまざるを得ず。かの竜驤虎視りゅうじょうこし各国たがいに剣鋩けんぼうを削り、地球の表面にはいまだ一日も烽火ほうかの上るを見ざるの日なく、いまだ一日も砲声を聞かざるのときなき今日において、いかなればかくのごとき国体にして、しかしてかくのごとく光栄に、その国体を維持するを得るか。これをたとうるに北米連邦の今日の世界における、あたかも刀戟とうげき相摩し、砲銃相接するの修羅のちまたに悠然として平服を着し、脱刀して横行濶歩する者のごとく、実にその傍若無人の挙動に至りては、何人といえども驚かざるを得ず。しかして彼はなんの頼むところあってこの大胆なる挙動をなすや。

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清水紫琴

【誰が罪】

しかるにこれらの大奸賊といふものに、なつてくれば、なかなか公然と張つてある法網に触れて、監獄といふ、小さな箱の中へ這入るやうな、頓間とんまな事はしない。俯仰天地に恥ぢずといつたやうな顔をして、否むしろ社会の好運児、勲爵士として好遇され、畏敬され、この美なる神州の山川を汚し、この広大なる地球を狭しと、横行濶歩してゐるではないか。されば天地間、いづれに行くとしても罪人の居ない処はない。いはばこの娑婆は、未決囚をもつて充満されてゐる、一個の大いなる監獄といつてよいのである。

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久生十蘭

【顎十郎捕物帳 捨公方】

 諸葛孔明の顔は一尺二寸あったというが、これは、ゆめゆめそれに劣るまい。
 眼も鼻も口もみな額際ひたいぎわへはねあがって、そこでいっしょくたにごたごたとかたまり、厖大な顎が夕顔棚の夕顔のように、ぶらんとぶらさがっている。唇の下からほぼ四寸がらみはあろう、顔の面積の半分以上が悠々と顎の分になっている。末すぼまりにでもなっているどころか、下へゆくほどいよいよぽってりとしているというのだから、手がつけられない。
 この長大な顎で、風を切って横行濶歩するのだから、衆人の眼をそば立たせずには置かない。甲府勤番中は、陰では誰ひとり、阿古十郎などと呼ぶものはなく、『顎』とか『顎十』とか呼んでいた。
 もっとも、面とむかってそれを口にする勇気のあるものは一人もいない。同役の一人が阿古十郎の前で、なにげなく自分の顎を掻いたばかりに、抜打ちに斬りかけられ、あやうく命をおとすところだった。

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岡本綺堂

【綺堂むかし語り】

モンスーンが去ったのと歯の痛みが去ったのと、あしたはインドへ着くという楽しみとで、私は何か大きい声で歌いたいような心持で、甲板をしばらく横行闊歩していると、偶然に右の奥の上歯が揺らぐように感じた。今朝まで痛みつづけた歯である。指でつまんで軽く揺すってみると、案外に安々と抜けた。

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Last updated : 2024/06/28