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蒼生万民
そうせいばんみん
作家
作品

島崎藤村

【 夜明け前 第二部上 】

「彼を殺せ。」
 その声は、昨日の将軍も実に今日の逆賊であるとする人たちの中から聞こえる。半蔵が多数の足音の中に聞きつけたのもその声だ。いや、これが決して私闘であってはならない、 蒼生万民そうせいばんみんのために戦うことであらねばならない。その考えから、彼はいろいろ気にかかることを自分の小さな胸一つに納めて置こうとした。どうして、新政府の趣意はまだ地方の村民の間によく徹しなかったし、性急な破壊をよろこばないものは彼の周囲にも多かったからで。
 相変わらず休みなしで、騒ぎ回っているのは子供ばかり。桃の節句も近いころのことで、姉娘のおくめは隣家の伏見屋から祝ってもらった新しいひなをあちこちとうれしそうに持ち回った。それを半蔵のところにまで持って来て見せた。

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Last updated : 2024/06/28