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走尸行肉
そうしこうにく |
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作家
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作品
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正岡子規 |
【 読書弁 】 自分はどちらかといふと多情なる方ならん。(多情とは勿論世俗に所謂に従ふなり)多情なるが故に若し何かの事情により一方に傾けば其方向に固著して他方に向ふこと稀なり。又前に慾を論ずる条に生命の慾を言はざりしが、こは論外として置きたるものにて、此慾は十分の九位を占め居ること何人にても同じことなれば書くも書かざるも比較上差支なしと思ひたれども、こゝに至りてかつぎ出さねばならぬ場合に立ち至れり。即ち多情の人に至りては其多情の為に生命の慾を減殺することあり。他語以て之を言へば生命を軽んずることなり。自分の読書の慾も少しは此域に達し、此慾の為にならば多少は生命を減消するもかまはぬとの考を起したり。自分は固より朝に道を聞て夕に死を恐れざる聖人にもあらず、又此世に生を受けし限りは人間の義務として完全無欠の人間に近づかんといふが如き高尚なる徳を有するものにはあらねども、自分も亦沐猴にあらず、鸚鵡にあらず、食ふて寝ておきて又食ふといふ様な走尸行肉となるを愧づるものなれば、数年前より読書の極は終に我身体をして脳病か肺病かに陥らしむるとは万々承知の上なり。只々今日已に子規生なる仮名を得んとは思の外なりしかども、これもよく/\考へて見れば少し繰あげたるのみにて、今更驚くにも足らざるべし。多情の好男子、多恨の佳女子相恋ひ相思ふの極、終に生命を以て感情の犠牲として刀剣に伏し毒薬を飲むと何ぞ異ならんや。彼は未来に於て一蓮互に半座を分たんことを希ひ、これは今生未来に於て能く名声を竹帛にたれんことを願ふの差あるのみ。斯く一生の目的は一巻も多く読み一枚も多く著すにあれば、只々此病の為に日月を縮められ其目的を達し得ざるを憂ふるのみなり。 |
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