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徹頭徹尾
てっとうてつび
作家
作品

正岡子規

【曙覧の歌】

 採鉱溶鉱より運搬に至るまでの光景仔細しさいに写しいだして目るがごとし。ただに題目の新奇なるのみならず、その叙述のたくみなる、実に『万葉』以後の手際なり。かの魚彦なひこがいたずらに『万葉』の語句を模して『万葉』の精神を失えるに比すれば、曙覧が語句をせずしてかえって『万葉』の精神を伝えたる伎倆は同日に語るべきにあらず。さわれ曙覧は徹頭徹尾『万葉』を擬せんと務めたるに非ず。むしろその思うままを詠みたるが おのずから『万葉』に近づきたるなり。しこうして彼の歌の『万葉』に似ざるところははたして『万葉』に優るところなりや否や、こはもっとも大切なる問題なり。

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夏目漱石

【坊っちゃん】

吾々職員たるものはこの際ふるって自ら省りみて、全校の風紀を振粛しんしゅくしなければなりません。それでただ今校長及び教頭のお述べになったお説は、実に肯綮こうけいあたった剴切がいせつなお考えで私は 徹頭徹尾てっとうてつび賛成致します。どうかなるべく寛大かんだいのご処分をあおぎたいと思います」と云った。野だの云う事は言語はあるが意味がない、漢語をのべつに陳列ちんれつするぎりで訳が分らない。分ったのは徹頭徹尾賛成致しますと云う言葉だけだ。
 おれは野だの云う意味は分らないけれども、何だか非常に腹が立ったから、腹案も出来ないうちにち上がってしまった。「私は徹頭徹尾反対です……」と云ったがあとが急に出て来ない。

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芥川龍之介

【秋山図】

 しかしその時の煙客翁は、こういう主人の弁解にも、格別心は止めなかったそうです。それは何も秋山図に、見惚みとれていたばかりではありません。翁には主人が 徹頭徹尾てっとうてつび鑑識かんしきうといのを隠したさに、胡乱うろんの言を並べるとしか、受け取れなかったからなのです。
 翁はそれからしばらくののち、この廃宅同様な張氏ちょうしの家を辞しました。

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久米正雄

【受驗生の手記】

 国語漢文は昔から不得手ではなかった。殊に作文は、私の最も得意とする処だった。問題は大抵読んだ覚えのある物ばかりだった。書取りにも知らぬ漢字はなかった。今日は徹頭徹尾気持よく答案が書けた。私は得々として試験場を出た。今日ばかりは弟も、自分に優りはしまいと思われた。

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坂口安吾

【幽霊と文学】

 幽霊の凄味の点では日本は他国にひけをとらない。西洋人の生活の中には悪魔が幅をきかしてゐるが、幽霊はあまり顔をださない。悪魔には日本の鬼や狐狸に通ずる一脈の滑稽味と童話的な郷愁的な感情が流れ、今日の知識人の生活の中では、恐怖の対象であるよりも、理知の故郷に住み古した一人の友達の感が深い。
 幽霊は悪魔とちがつて、徹頭徹尾凄味あるのみ、甘さやユーモアは微塵もない。ひとつには人間の本能にひそむ死への恐怖が幽霊と必然的に結びついてゐるためもあるが、又ひとつには「死んで恨みを晴らさう」といふ笑ひの要素の微塵もない素朴な思想が、幽霊の本質的な性格を規定してゐるためである。

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岸田國士

【ポオル・エルヴィユウ】

 之を要するに、劇作家として彼に最も欠けてゐるところのものは「詩」と「機智」であるが、彼は、徹頭徹尾、冷やかな弁証家であると同時に、優しい道徳家であり、その冷やかさによつて人を撃ち、その優しさによつて人を動かす呼吸を誰よりも心得てゐる。そこが、此の戯曲のもつポピュラリティイである。
 名優レジャンヌ夫人の至芸は、女主人公サビイヌを不朽なものにした。このことは、正に演劇史上の奇蹟である。

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宮本百合子

【日は輝けり】

 彼は杵築きづき庸之助という本名で、木綿さんというあだ名を持っている。人間は黒木綿の着物と、白木綿の兵児帯へこおびで、どんなときでも充分だという主義を持っていて、夏冬共その通り実行していたからなのである。ときには滑稽だとほかいいようのないほど、馬鹿正直な、生一本な彼は、他の若い者の仲間からはずれた挙動ばかりしている。冗談も云わず、ろくに笑いもしない。徹頭徹尾謹厳だといわれたがっているように見られた庸之助は、或る意味の 嫉視しっしと侮蔑から変物扱いにされていたのである。武士道の遵奉者であった。

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和辻哲郎

【『青丘雑記』を読む】

 悠々として観る態度が否定の否定を意味すると見るとき、我々はこの書の優れたる力を充分に理解し得るかと思う。著者は朝鮮、シナの風物を語るに当たって、我を没して風物自身のしみじみとした味を露出させる。しかもこれらの風物は徹頭徹尾著者の人格に滲透せられているのである。「観る」とはただ受容的に即自の対象を受け取ることではない。観ること自身がすでに対象に働き込むことである、という仕方においてのみ対象はあるのである。我は没せられつつ、しかも対象として己れを露出して来る。ここに著者の風物記の滋味が存すると思う。

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北村透谷

【熱意】

 人は夢の如き事実を追随する事あり。事実の如き夢を追随する事あり。虚心を以て観る時は、夢にして、而して熱意を以て観る時は、事実の如く視らるゝ者あり、熱意を以て観る時は、夢にして、而して虚心を以て観る時は、事実の如く視らるゝ者あり。虚心は想像を容れず、熱意は想像の好友なればなり。虚心は徹頭徹尾、事実の中に注ぎ、熱意は往々にして、想像の跡を追ふて事実の域を脱す。

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山村暮鳥

【雲】

 芸術における気禀の有無は、ひとへにそこにある。作品が全然或る叙述、表現におわっているかいないかは徹頭徹尾、その何かの上に関わる。
 その妖怪を逃がすな。
 それは、だが長い芸術道の体験においてでなくては捕えられないものらしい。

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Last updated : 2024/06/28