作 家 |
作 品 |
森鷗外 | 【みちの記】 忽虹(にじ)一道(いちどう)ありて、近き山の麓より立てり。幅きわめて広く、山麓(さんろく)の人家三つ四つが程を占めたり。火点(ひとも)しごろ過ぎて上田(うえだ)に着き、上村に宿る。 |
森鷗外 | 【渋江抽斎】 陰(くも)った日の空が二人(ふたり)の頭上において裂け、そこから一道(いちどう)の火が地上に降(くだ)ったと思うと、忽(たちま)ち耳を貫く音がして、二人は地に僵(たお)れた。 |
ハンス・クリスチアン・アンデルセン 森鷗外訳 |
【即興詩人】 左の方なる原中に一道の烟の大なる柱の如く騰(あが)れるあり。こはこの地の習にて、牧者どものおのが小屋のめぐりなる野を燒きて、瘴氣(しやうき)を拂ふなるべし。 |
正岡子規 | 【かけはしの記】 或は千仭の山峰雲間に突出して翠鬟鏡影に映じ或は一道の飛流銀漢より瀉ぎて白竜樹間に躍る。川一曲景一変舟の動くを覚えず。犬山城の下を過ぐれば両岸遠く離れて白沙涯なく帆々相追ふて廻灘を下るを見るのみ。 |
芥川龍之介 | 【邪宗門】 するとその印を結んだ手の中(うち)から、俄(にわか)に一道の白気(はっき)が立上(たちのぼ)って、それが隠々と中空(なかぞら)へたなびいたと思いますと、丁度僧都(そうず)の頭(かしら)の真上に、宝蓋(ほうがい)をかざしたような一団の靄(もや)がたなびきました。 |
芥川龍之介 | 【骨董羹 ―寿陵余子の仮名のもとに筆を執れる戯文― 】 吾家(ごか)の吹毛剣(すゐまうけん)、単于(ぜんう)千金に購(あがな)ひ、妖精太陰(たいいん)に泣く。一道の寒光、君看取せよ。(三月三日) |
夏目漱石 | 【野分】 この断篇が読者の眼に映じた時、瞳裏(とうり)に一道の電流を呼び起して、全身の骨肉が刹那(せつな)に震(ふる)えかしと念じて、道也は筆を執(と)る。吾輩は道を載(の)す。 |
夏目漱石 | 【私の個人主義】 そうして単にその説明だけでも日本の文壇(ぶんだん)には一道の光明を投げ与(あた)える事ができる。――こう私はその時始めて悟ったのでした。 |
二葉亭四迷 | 【平凡】 其時小さな鞠(まり)のような物が衝(つ)と軒下を飛退(とびの)いたようだったが、軈(やが)て雪洞(ぼんぼり)の火先(ひさき)が立直って、一道の光がサッと戸外(おもて)の暗黒(やみ)を破り、 |
田山花袋 | 【重右衛門の最後】 小山と小山との間に一道の渓流(けいりう)、それを渡り終つて、猶其前に聳えて居る小さい嶺(みね)を登つて行くと、 やがて火光に向つて一道の水が烈しく迸出(へいしゆつ)したのを自分は認めた。 糠雨(ぬかあめ)のおぼつかなき髣髴(はうふつ)の中に、一道の薄い烟が極めて絶え/″\に靡(なび)いて居て、それが東から吹く風に西へ西へと吹寄せられて、 |
北原白秋 | 【日本ライン】 「鷹だね。」 「え。」と驚いて旅客課、「さうです。鷹です。」 冷気一道に襲つて、さすがに蘇川は深山幽谷の面影が立つた。 「身動きもしないんだね、舟が下を通つても。」私は驚いたのである。 |
中島敦 | 【名人伝】 塀に足を掛けた途端に一道の殺氣が森閑とした家の中から奔り出てまともに額を打つたので、覺えず外に顛落したと白状した盜賊もある。 |
坂口安吾 | 【天才になりそこなつた男の話】 流石忽然として暗夜に一道の光明を見出すが如く例の天才――乳母車をひつくり返した幸運なてあひのことを思ひださずにゐなかつた。 |
坂口安吾 | 【老嫗面】 彼はタツノを引取る結果、疲れはて追ひつめられた日常に一道の朝の光が射してきて、色さめはてた内部外部に新鮮な蘇生の息吹がもどるやうに考へた。 |
徳富蘆花 | 【不如帰 小説】 あたかも林端に上れる月は一道の幽光を射て、惘々(もうもう)としたる浪子の顔を照らせり。 大檣(たいしょう)の上高く星を散らせる秋の夜の空は湛(たた)えて、月に淡き銀河一道、微茫(びぼう)として白く海より海に流れ入る。 |
徳冨健次郎 | 【みみずのたはこと】 時々西の方で、或(ある)一処雲が薄(うす)れて、探照燈(たんしょうとう)の光めいた生白(なまじろ)い一道の明(あかり)が斜(ななめ)に落ちて来て、深い深い井(いど)の底でも照す様に、 |
菊池寛 | 【真珠夫人】 今まで、恐ろしく寂しく考へられてゐた避暑地生活に、一道の微光が漂つて来たやうに思はれた。 |
寺田寅彦 | 【蓄音機】 私はその時なんという事なしに矛盾不調和を感ずる一方では、またつめたい薄暗い岩室の中にそよそよと一陣の春風が吹き、一道の日光がさし込んだような心持ちもあった事を自白しなければならない。 |
寺田寅彦 | 【音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」】 モーリスの出現によって陰気なシャトーの空気の中に急に一道の明るい光のさし込むのを象徴するように、「ミミーの歌」の一連の連続が插入(そうにゅう)されてインターリュードの形をなしている。 |
寺田寅彦 | 【B教授の死】 大きな長方形の真空ガラス箱内の一方にB教授が「テレラ」と命名した球形の電磁石がつり下がっており、他の一方には陰極が插入(そうにゅう)されていて、そこから強力な陰極線が発射されると、その一道の電子の流れは球形磁石の磁場のために経路を彎曲(わんきょく)され、 |
寺田寅彦 | 【自由画稿】 こういうふうに考えてくると流涕(りゅうてい)して泣くという動作には常に最も不快不安な緊張の絶頂からの解放という、消極的ではあるがとにかく一種の快感が伴なっていて、それが一道の暗流のように感情の底層を流れているように思われる。 |
下村湖人 | 【次郎物語第五部】 田沼――朝倉――青年塾――と、こう結びつけて考えただけで、近年日本の空を重くるしくとじこめている雲の中を一道のさわやかな自由の風が吹(ふ)きぬけて行くような心地が、かれにはしたのである。 |
高山樗牛 | 【滝口入道】 或日瀧口、閼伽(あか)の水(みづ)汲(く)まんとて、まだ明(あ)けやらぬ空に往生院を出でて、近き泉の方に行きしに、都(みやこ)六波羅わたりと覺しき方に、一道の火焔(くわえん)天(てん)を焦(こが)して立上(たちのぼ)れり。 |
泉鏡花 | 【政談十二社】 異様なる持主は、その鼻を真俯向(まうつむ)けに、長やかなる顔を薄暗がりの中に据え、一道の臭気を放って、いつか土間に立ってかの杖で土をことことと鳴(なら)していた。 |
折口信夫 | 【古代研究 追ひ書き】 兄の扶養によつて、わびしい一生を、光りなく暮さねばならなかつた、さうして、彦次郎さん同然、家の過去帳にすら、痕を止めぬ遊民の最期を、あきらめ思うてゐた私の心に、一道の明りのさす事を感じたのである。 |
宮本百合子 | 【長崎の印象(この一篇をN氏、A氏におくる)】 海上から、人の世の温情を感じつつその瞬きを眺めた心持、また、秋宵この胸欄に倚って、夜を貫く一道の光の末に、或は生還を期し難い故山の風物と人とを忍んだだろう明人の心持。 |
豊島与志雄 | 【作家的思想】 それはそれとして、この場合の一道の光明は、思想や夢や希望などと、何等の矛盾や等差なしに列記出来ることにある。 |
大町桂月 | 【川魚料理】 一道の小利根川溶々として流る。國府臺、下流に鬱蒼たり。蘆荻風に戰ぎて、行々子鳴きかはす。大帆小帆列を爲して上り來たる。 |
大町桂月 | 【春の郊外】 向島よりは長く、熊ヶ谷土手よりは短けれど、一道の清流をはさんで、櫻は、山櫻の巨木也。 |
佐藤紅緑 | 【ああ玉杯に花うけて】 三年と二年! 双方の陣に一道の殺気陰々(いんいん)として相(あい)格(かく)し相(あい)摩(ま)した。 |
岸田国士 | 【仏国現代の劇作家】 彼の作品が如何に時流を擢んでゝゐたかを知り得ると思ふが、三十年後の今日、なほ、仏蘭西劇壇の有する大劇作家として、彼の芸術が暗示する未来の路は、常に一道の光明によつて照らされてゐる。 |
岡本綺堂 | 【中国怪奇小説集 録異記(五代)】 かの亀を取り出して階上に置くと、やや暫くして亀は首を伸ばして一道の気を吐いた。その気はかんむりの紐ぐらいの太さで、まっすぐに三、四尺ほどもあがって徐々に消え失せた。 |
林不忘 | 【釘抜藤吉捕物覚書 巷説蒲鉾供養】 暑苦しい屋根の下にさっと一道の冷気が流れる。藤吉も勘次も我になく首を竦(すく)めた。 |
山路愛山 | 【頼襄を論ず】 只一道の光輝あり、爾をして完全なる線上を歩ましむるに足らん、即ち史学也。 |
佐々木味津三 | 【右門捕物帖 子持ちすずり】 なぞからなぞへつづいていた雲の上に、突如として一道の光明がさしてきたのです。時を移さず、名人主従は、教えられた弓道師範依田重三郎の住まいを目ざしました。 |
中里介山 | 【大菩薩峠 白骨の巻】 この際、両国橋の橋向うに、穏かならぬ一道の雲行きが湧き上った――といえば、スワヤと市中警衛の酒井左衛門の手も、新徴組のくずれも、新たに募られた歩兵隊も、筒先を揃(そろ)えて、その火元を洗いに来るにきまっているが、 |
中里介山 | 【大菩薩峠 小名路の巻】 あまりに静まり返ったために、何となく、あたりいっぱいに漂う一道の凄気(せいき)が、ここの一間の行燈(あんどん)の火影(ほかげ)にまで迫って来るようでありました。 |
中里介山 | 【大菩薩峠 勿来の巻】 別に凶事があって、騒がしいというわけではないが、いつも、しんみりと落着いた一家の空気に、なんとなく一道の陽気が吹き入ったかのように見えるのです。 |
押川春浪 | 【南極の怪事】 時にたちまち見る、暗憺たる海上に一道の光ゆらゆらと漂うを、オオ光!光!この場合光ほど懐かしきものはなし、あれは太陽がふたたび我が眼前に現われしかと見直せば、 |
国枝史郎 | 【天主閣の音】 途端に轟然たる音がして、石灯籠の頂上から、一道の烽火(のろし)が立ち上り、春日怡々(ついつい)たる長閑の空へ、十間あまり黄煙を引いた。 |
国枝史郎 | 【三甚内】 しかし不動のその姿からは形容に絶した一道の殺気が鬱々(うつうつ)として迸(ほとば)しっている。どだい武道から云う時はまるで勝負にはならないのであった。 |
国枝史郎 | 【柳営秘録かつえ蔵】 云い捨て懐中へ手を入れると一尺ほどの円管(つつ)を出した。キリキリと螺施(ねじ)を捲く音がした。と、円管先から一道の火光が、煌々然と閃めき出た。 |
吉江喬松 | 【木曾御嶽の両面】 下り坂の端に立った。ぱっと一道の虹が深谷の中から天に向って沖している。深い深い何丈とも知れない谿だ、ざあざあと水音らしい響が聞えて来る。谿底はもう薄暗い。谷を隔てて黒い岩質の山が微かな夕の光を反射させている。 |
長谷川時雨 | 【樋口一葉】 世のくだれるをなげきて一道の光を起さんと志すものが、目前の苦しみをのがれるために、尊ぶべき操(みさお)を売ろうかと嘲笑した。 |
夢野久作 | 【冥土行進曲】 近いうちにこの切先が、私の手の内で何人かの血を吸うであろう……と思うと一道の凄気(せいき)が惻々(そくそく)として身に迫って来る。 |
海野十三 | 【ふしぎ国探検】 そしてどこからか一道の光がさしこんでいて、しばらくすると二人の目がやみになれて、室内をどうやら見定めることができるようになった。 |
黒岩涙香 | 【幽霊塔】 今度は全く之に反し、一道の春光が暖かに心中に溶け入って、意外の為に全身が浮き上る様に思った、 |
久生十蘭 | 【金狼】 久我の上衣の衣嚢(ポケット)から一道の火光が迸った。鉄の焦げる臭いがし、鋭い破裂音が林の中へひびきわたった。いくどもいくどもこだまをかえした。 |