作 家
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作 品
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夏目漱石 |
【倫敦塔】 壁土を溶(とか)し込んだように見ゆるテームスの流れは波も立てず音もせず無理矢理(むりやり)に動いているかと思わるる。帆懸舟(ほかけぶね)が一隻(せき)塔の下を行く。風なき河に帆をあやつるのだから不規則な三角形の白き翼がいつまでも同じ所に停(とま)っているようである。伝馬(てんま)の大きいのが二艘(そう)上(のぼ)って来る。ただ一人の船頭(せんどう)が艫(とも)に立って艪(ろ)を漕(こ)ぐ、これもほとんど動かない。 |
芥川龍之介 |
【大川の水】 上げ潮につれて灰色の帆を半ば張った伝馬船(てんまぶね)が一艘(そう)、二艘とまれに川を上って来るが、どの船もひっそりと静まって、舵(かじ)を執(と)る人の有無(うむ)さえもわからない。 |
太宰治 |
【竹青−−新曲聊斎志異−−】 帆も楫(かじ)も無い丸木舟が一艘(そう)するすると岸に近寄り、魚容は吸われるようにそれに乗ると、その舟は、飄然(ひょうぜん)と自行(じこう)して漢水を下り、長江を溯(さかのぼ)り、 |
若山牧水 |
【島三題】 程なく右手に突き出た岬のはなの沖合に何やら大きな旗をたてた一艘の發動機船の姿が見えた。 |
若山牧水 |
【地震日記】 遙かの沖に、唯だ一個の白點を置いた形で眼に映つた船があつた。其時どうしたものか見渡す沖には一艘の小舟も汽船も影を見せなかつた。其處へ白い浪をあげて走つて來るこの一艘が見え出したのだ。 |
河上肇 |
【御萩と七種粥】 赤い毛氈(もうせん)を敷いた一艘(いっそう)の屋形舟は、一行を載せ、夏の川風に吹かれながら、鮎や鮠(はえ)などの泳いでいる清い流れの錦川を棹(さお)さして下った。 |
島崎藤村 |
【夜明け前第二部上】 このイギリスの使節が献上した一艘の蒸汽船も、日本皇帝への贈り物であったというが、江戸の役人は幕府へ献上したものだとして、京都まではそれも取り次ごうとしなかった。 |
加能作次郎 |
【少年(しょうねん)と海(うみ)】 僕が沖を見ていたら、帆前船が一艘(そう)、南東風(くだり)が吹いて来ると思うたか、一生懸命に福浦(ふくうら)へ入って行った。ありゃきっと暴風(しけ)になると思うて逃げて行ったのに違いなかろう。 |
加能作次郎 |
【少年(しょうねん)と海(うみ)】 つい一カ月ばかり前にも、村の漁舟が一艘沖から帰りがけに、その風に 遇(あ)って難破し、五六人の乗組の 漁夫(りょうし)がみんな溺死して、その死体がそれから四五日もたってから 隣村(となりむら)の海岸に 漂著(ひょうちゃく)しましたが、その日も 矢張(やは)り朝から白山の姿が物すごく海の中に魔物のように立っていました。 |
長塚節 |
【利根川の一夜】 サツパ舟が一艘岸へ漕ぎ付けんとしつゝある、うらのちやんと舟とで何か話をして居る、それと同時にボー/\となまぬるいやうな汽笛を鳴らしながら通運丸が上つて來た |
葉山嘉 |
【樹海に生くる人々】 舵手(だしゅ)の小倉は、船首を風位から変えないように、そのあらゆる努力を傾注していた。彼の目はコンパスと、船の行方(ゆくえ)とを、機械的に注視していた。 と、本船の前左舷(さげん)はるかな沖合に、一艘(そう)の汽船が見えた。「あ、汽船が!」と、小倉は無意識に叫んだ。 |