作 家
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作 品
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太宰治 |
【花燭燭をともして昼を継がむ。】 自然の陽が、五年十年の風が、雨が、少しずつ少しずつかれの姿を太らせた。一茎の植物に似ていた。春は花咲き、秋は紅葉する自然の現象と全く似ていた。自然には、かなわない。ときどきかれは、そう呟(つぶや)いて、醜く苦笑した。 |
芥川龍之介 |
【追憶】 僕はある時冬青(もち)の木の下に細い一本の草を見つけ、早速それを抜きすててしまった。僕の所業を知った父は「せっかくの蘭(らん)を抜かれた」と何度も母にこぼしていた。が、格別、そのために叱(しか)られたという記憶は持っていない。蘭はどこでも石の間に特に一、二茎(けい)植えたものだった。 |
有島武郎 |
【惜みなく愛は奪う】 然し誠実とはそんなものでいいのだろうか。私は八方摸索(もさく)の結果、すがり附くべき一茎の藁(わら)をも見出し得ないで、已(や)むことなく覚束(おぼつか)ない私の個性−−それは私自身にすら他の人のそれに比して、少しも優れたところのない−−に最後の隠家(かくれが)を求めたに過ぎない。それを誠実といっていいのだろうか。 |
国枝史郎 |
【天主閣の音】 鏡に写った人物は、八十余りの老人で、胴服を着し、伊賀袴を穿き、夜目に燃えるような深紅の花を、一茎(ひとくき)右手に持っていた。 |
夏目漱石 |
【子規の画
】 子規はこの簡単な草花を描くために、非常な努力を惜しまなかったように見える。わずか三茎(みくき)の花に、少くとも五六時間の手間(てま)をかけて、どこからどこまで丹念に塗り上げている。 |
内村鑑三 |
【楽しき生涯(韻なき紀律なき一片の真情)】 一函の書に千古の智恵あり 以て英雄と共に語るを得べし 一茎の筆に奇異の力あり 以て志を千載に述るを得べし |
泉鏡花 |
【玉川の草】 秋晴の薄日に乱れた中に、−−其の釣鐘草が一茎、丈伸びて高く、すつと咲いて、たとへば月夜の村芝居に、青い幟(のぼり)を見るやうな、色も灯(とも)れて咲いて居た。 遣水(やりみず)の音がする。…… |