作 家
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作 品
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太宰治 |
【饗応夫人】 日本酒が無かったら、焼酎(しょうちゅう)でもウイスキイでもかまいませんからね、それから、食べるものは、あ、そうそう、奥さん今夜はね、すてきなお土産(みやげ)を持参しました、召上れ、鰻(うなぎ)の蒲焼(かばやき)。寒い時は之(これ)に限りますからね、一串(くし)は奥さんに、一串は我々にという事にしていただきましょうか、それから、おい誰か、林檎(りんご)を持っていた奴があったな、惜しまずに奥さんに差し上げろ、インドといってあれは飛び切り香り高い林檎だ。」 |
太宰治 |
【やんぬる哉】 私にはその時突然、東京の荻窪(おぎくぼ)あたりのヤキトリ屋台が、胸の焼き焦(こ)げるほど懐しく思い出され、なんにも要らない、あんな屋台で一串二銭のヤキトリと一杯十銭のウィスケというものを前にして思うさま、世の俗物どもを大声で罵倒(ばとう)したいと渇望(かつぼう)した。しかし、それは出来ない。私は微笑して立ち上り、お礼とそれからお世辞を言った。 |
中里介山 |
【大菩薩峠 みちりやの巻】 与八は、実に有難迷惑そうな顔をして、これはこれはと言ったなり、どれに手を下していいかわかりません。そうすると一人の子供が、お団子の一串を目よりも高く差し上げ、 「与八さん、遠慮しないでお食べ、わたしが一番先に上げたんだから、あたしのあげたお団子から先にお食べ……」 |
中里介山 |
【大菩薩峠 無明の巻】 その弁慶には焼いて串にさした鮎(あゆ)、鮠(はや)、鰻(うなぎ)の類が累々とさしこんである。がんりきは手を伸ばして鮎を一串抜き取って、少しばかり火にかざして炙(あぶ)ってみると、濁りでもいいから一杯飲みたくなりました。 |
長塚節 |
【十日間】 夜月明かにしてまた雲掩ふ、皆葉へ行く用足る、明日他出の用意、脚絆、足袋、朝牛乳、晝小豆飯とヤマべ一串、夕五目めし、この日はじめて鶯を聞く下手なり、 |
岡本綺堂 |
【白髪鬼】 伊佐子さんの説明によると、ゆうべあの蒲焼を貰った時はもう夜が更けているので、あした食うことにして台所の戸棚にしまっておいた。この近所に大きい黒い野良猫がいる。それがきょうの午前中に忍び込んできて、女中の知らない間に蒲焼の一と串をくわえ出して、裏手の掃溜(はきだめ)のところで食っていたかと思うと、口から何か吐き出して死んでしまった。 |