作 家
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作 品
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森鷗外 |
【舞姫】 余は通信員となりし日より、曾て大學に繁く通ひし折、養ひ得たる一隻の眼孔もて、讀みては又讀み、寫しては又寫す程に、今まで一筋の道をのみ走りし知識は、自ら綜括的になりて、同郷の留學生などの大かたは、夢にも知らぬ境地に到りぬ。 |
泉鏡花 |
【歌行燈】 路一筋白くして、掛行燈(かけあんどん)の更けたかなたこなた、杖を支(つ)いた按摩も交って、ちらちらと人立ちする。 |
泉鏡花 |
【三尺角】 これが角屋敷(かどやしき)で、折曲(をれまが)ると灰色(はひいろ)をした道(みち)が一筋(ひとすぢ)、電柱(でんちう)の著(いちじる)しく傾(かたむ)いたのが、前(まへ)と後(うしろ)へ、別々(べつ/\)に頭(かしら)を掉(ふ)つて奧深(おくぶか)う立(た)つて居(ゐ)る、 |
泉鏡花 |
【伯爵の釵】 大通りは一筋だが、道に迷うのも一興で、そこともなく、裏小路へ紛れ込んで、低い土塀から瓜(うり)、茄子(なす)の畠(はたけ)の覗(のぞ)かれる、荒れ寂れた邸町(やしきまち)を一人で通って、まるっきり人に行合(ゆきあ)わず。 |
島崎藤村 |
【夜明け前第一部上】 一筋の街道(かいどう)はこの深い森林地帯を貫いていた。 |
寺田寅彦 |
【柿の種】 その荒漠(こうばく)たる虚無の中へ、ただ一筋の鉄道が、あたかも文明の触手とでもいったように、徐々に、しかし確実に延びて行くのである。 |
正岡子規 |
【高尾紀行】 雪の脚寶永山へかゝりけり 汽車道の一筋長し冬木立 麥蒔やたばねあげたる桑の枝 |
尾崎紅葉 |
【金色夜叉】 火元と認定せらるる鰐淵方(わにぶちかた)は塵一筋(ちりひとすぢ)だに持出(もちいだ)さずして、 |
寺田寅彦 |
【映画時代】 プロットにないよけいなものは塵(ちり)一筋も写さないというのが立て前であるらしい。 |
泉鏡花 |
【縷紅新草】 花野を颯(さっ)と靡(なび)かした、一筋の風が藤色に通るように、早く、その墓を包んだ。 |
中里介山 |
【大菩薩峠 竜神の巻】 「あるかないか、昔からの言い伝えじゃ。お内儀(かみ)さん、お前さんもこの土地に居着(いつ)きなさるものなら、よく覚えておおきなさい、鉾尖ヶ岳から白馬ヶ岳まで一筋の雲……」 |
泉鏡花 |
【高野聖】 男滝の方はうらはらで、石を砕き、地を貫(つらぬ)く勢(いきおい)、堂々たる有様(ありさま)じゃ、これが二つ件(くだん)の巌に当って左右に分れて二筋となって落ちるのが身に浸(し)みて、女滝の心を砕く姿は、男の膝に取ついて美女が泣いて身を震(ふる)わすようで、岸に居てさえ体がわななく、肉が跳(おど)る。 |
泉鏡花 |
【伯爵の釵】 このもの語(がたり)の起った土地は、清きと、美しきと、二筋の大川、市の両端を流れ、真中央(まんなか)に城の天守なお高く聳(そび)え、森黒く、濠(ほり)蒼(あお)く、国境の山岳は重畳(ちょうじょう)として、湖を包み、海に沿い、橋と、坂と、辻の柳、甍(いらか)の浪の町を抱(いだ)いた、北陸の都である。 |
泉鏡花 |
【遺稿】 青龍の背をさながらの石段の上に玉面の獅子頭の如く築かれて、背後の大碧巖より一筋水晶の瀧が杖を鳴らして垂直に落ちて仰ぐも尊い。 |
森鷗外 |
【妄想】 只果(はて)もない波だけが見えてゐるが、此山と海との間には、一筋の河水と一帯(いつたい)の中洲(なかす)とがある |
海野十三 |
【三角形の恐怖】 私の家は、その塔(とう)の森と呼ばれる真暗な森と、玉川上水のあとである一筋の小川を距(へだ)てて向い合っていました。 |
長塚節 |
【才丸行き】 禿山の頂近くには一筋の土手のやうなものが仄かに見える、 |
須川邦彦 |
【無人島に生きる十六人】 この日の午後二時、西北の水平線に、一筋たちのぼる黒煙をみとめた。 |
須川邦彦 |
【無人島に生きる十六人】 水平線の一筋の煙は、太く濃くなって、やがて、帆柱、煙突、船体が、だんだんに水平線からうきだしてきて、近くなった。 |
菊池寛 |
【青木の出京】 今まではあまり見込みの立たなかった彼の前途が、明るい一筋の光明によって照され始めていた。 |
石川啄木 |
【二筋の血】 頬に流れて頸から胸に落ちた一筋の血が、いと生々しく目を射つた。 |
水野仙子 |
【道 --ある妻の手紙--】 その狹間の緑の下から、私の前には一旦隱れてゐる道のつゞきが細く細く、一筋の糸のやうに見えてゐます。 |
寺田寅彦 |
【怪異考】 その一つによると旋風のようなものが襲来して、その際に「馬のたてがみが一筋一筋に立って、そのたてがみの中に細い糸のようなあかい光がさし込む」と馬はまもなく死ぬ、 |
小島烏水 |
【梓川の上流】 川は浅く、底は髪の毛一筋も見え透く雪解水(ゆきげのみず)であるが、碧(へき)きわまって何でもこの色で消化してしまう、 |
石川啄木 |
【天鵞絨】 衣服といつても唯(たつた)六七枚、帶も二筋、娘心には色々と不滿があつて、この袷は少し老(ふ)けてゐるとか、此袖口が餘り開き過ぎてゐるとか、密(ひそ)々話に小一時間もかゝつて、漸々(やう/\)準備(したく)が出來た。 |
有島武郎 |
【或(あ)る女(後編)】 妹たちはとうに寝入っていた。手ぬぐい掛けの竹竿(たけざお)にぬれた手ぬぐいが二筋だけかかっているのを見ると、寝入っている二人(ふたり)の妹の事がひしひしと心に逼(せま)るようだった。葉子の決心はしかしそのくらいの事では動かなかった。簡単に身じまいをしてまた家を出た。 |
有島武郎 |
【星座】 「中島を見ろ、四十五まであの男は木刀一本と褌(ふんどし)一筋の足軽風情だったのを、函館にいる時分何に発心したか、島松にやってきて水田にかかったんだ。今じゃお前水田にかけては、北海道切っての生神様(いきがみさま)だ。何も学問ばかりが人間になる資格にはならないことだ」 |
堺利彦 |
【貧を記す】 炭尽きぬ、油尽きぬ、いかんせん。羽織一枚、帯一筋、着物一枚作らざるべからず。羽織は○○居士(こじ)こしらえてくれるはずなり。 |
林芙美子 |
【清修館挿話】 「アラ! まあ、御冗談を……」 下女はさつと顔を赤らめて、両手で乳房を抱くと、キッキッと笑つて台所の方へ走つて隠れて行きました。 谷村さんは抜いた一筋の毛を捨てもやらずに、持つたまゝ呆やり立つていましたが、丁度その時お上さんが帳場の方から出て来ました。 |
三遊亭圓朝 鈴木行三校訂編纂 |
【業平文治漂流奇談】 「有り難うございますが、親父が物堅うございますから、仮令(たとえ)手拭一筋でも人様から謂(いわ)れなく物を戴いて参ると直(すぐ)に持って往って返えせと申しますくらいでございますから、金子などを持って往(ゆ)けば立腹致して私(わたくし)を手打にすると申すかも知れません、 |
佐々木味津三 |
【右門捕物帖 曲芸三人娘】 やがて取り出したひと品は一筋の麻なわでしたから、そんなものを何にするだろうといぶかしんでいると、 |
中里介山 |
【大菩薩峠 白雲の巻】 横倒しに倒れかかって自分の面を上から撫でおろした一件の物を、無性(むしょう)にかなぐりとって見ると、それは一筋の弓の矢でした。 |
中里介山 |
【大菩薩峠 不破の関の巻】 この一行はかなり物々しい乗物二梃に、数名の従者と、それが槍一筋を押立てていることによって、庶民階級の旅人でないことがよくわかります。 |
作者不詳 国民文庫 (明治44年) |
【義経記】 「御辺は法眼に物言はんと仰せられける人か」と申しければ、「さん候」「何事仰せ候ふべき。弓一張、矢の一筋などの御所望か」と申しければ、「やあ御坊、それ程の事企てて、是まで来たらんや。 |
作者不詳 国民文庫 (明治44年) |
【義経記】 「片岡上れ」と仰せられければ、承つて、やがて御前を立ちて、小袖直垂脱ぎ、手綱二筋撚りて胴に巻き、髻引き崩して押し入れ、烏帽子に額結ひて、刀の薙鎌取つて手綱に差し、大勢の中を掻き分けて、柱寄せに上り、手を掛けて見ければ、大の男の合はせて抱くに、指しも合はぬ程の柱の高さは、四五丈もあるらんと思ふ程なり。 |
作者不詳 国民文庫 (明治43年) 校訂: 古谷知新 |
【源平盛衰記】 治承五年五月十九日 正六位上源朝臣行家 ? とぞ書たりける。此祭文に、神馬三匹銀剣一振、上矢二筋相具して、太神宮へ奉進す。 |
作者不詳 国民文庫 (明治43年) 校訂: 古谷知新 |
【源平盛衰記】 其後又弥陀経一巻、懺法早らかに一巻読けるが、六根段に懸けるに、暁の野寺の鐘の声、五更空にぞ響ける。中将涙を流し突立て、東の妻を後戸の方へおはす。兵二人影の様にて不奉離御身。後戸の縁を彼方此方へ行道し御座けるに、紫の雲一筋出来りたり。 |