作 家
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作 品
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寺田寅彦 |
【日本楽器の名称】 人間のこしらえた境界線は大概その程度のものである。人間の歴史のある時期に地球上のある地点に発生した文化の産物は時間の経過とともに人為的のあらゆる障壁を無視して四方に拡散するのは当然である。永代橋(えいたいばし)から一樽(たる)の酒をこぼせば、その中の分子の少なくもある部分はいつかは、世界じゅうの海のいかなる果てまでも届くであろうように、それと同じように、楽器でも言語でも、なんでも、不断に「拡散(ディフュージョン)」を続けて来たものであろうと思われる。 |
泉鏡花 |
【草迷宮】 つい夏の取着(とッつ)きに、御主人のいいつけで、清酒(すみざけ)をの、お前様、沢山(たんと)でもござりませぬ。三樽(みたる)ばかり船に積んで、船頭殿が一人、嘉吉めが上乗(うわの)りで、この葉山の小売店(みせ)へ卸しに来たでござります。 |
長塚節 |
【商機】 それと同時に自分が此度開業したら直ぐ手拭の一本も持つて行つて醤油の一樽も買はしてやらなければならぬとかういふ考がふと胸に浮んだ。さうして其瞬間に今まで動搖して居た心が楔子を打ち込んだやうにきつとした。斧の刄から飛ぶ木材の一片が地上に落ちて居たとて何人の注意をも惹かないであらう。 |
長谷川時雨 |
【木魚の顔】 老爺さんが得意になると、今まで冷笑していた親類(みより)のものが手伝い志願を申出た。自分たちも損をしただけ取りかえそうという、御直参旗本の当主や子や孫である。 梅干(うめぼし)幾樽、沢庵(たくあん)幾樽、寝具類幾行李(こり)−−種々な荷物が送られた。御直参氏たちは三河島の菜漬(なづけ)がなければ困るという連中であるから、行くとすぐに一人ずつ一人ずつ落伍(らくご)して帰って来てしまった。そして言うことはおなじだった。 |