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天下泰平
てんかたいへい
作家
作品

正岡子規

【病牀六尺】

 時は明治二十七年春三月の末でもあったろうか、四カ月後には驚天動地の火花が朝鮮の 其処そこ らに起ろうとは もと より知らず、天下泰平と高をくくって遊び様に不平を並べる道楽者、古洲に誘われて一日の日曜を大宮公園に遊ばうと行て見たところが、桜はまだ咲かず、引きかえして目黒の牡丹亭とかいうに這入り込み、足を伸ばしてしょんぼりとして待って居るほどに、あつらえの 筍飯たけのこめし を持って出て給仕してくれた十七、八の女があった。

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石川啄木

【雲は天才である】

『問題も何も無いじゃないですか。既に私の作ったアレを、貴君方が校歌だと云ってるじゃありませぬか。私はこのS――村尋常高等小学校の校歌を作った覚えはありませぬ。私はたゞ、この学校の生徒が日夕吟誦しても差支のない様な、校歌といったような性質のものを試みに作った丈です。それを貴君方が校歌というて居られる。 つま り、校歌としてお認め下さるのですな。そこで生徒が皆それを、其校歌を歌ふ。問題も何も有った話じゃありますまい。この位天下泰平な事はないでしょう。』

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林芙美子

【泣虫小僧】

 各々、蓮子にしても、寛子にしても自分の御亭主をいっぱし浮気者に考えているだけ、天下泰平なのだと、酔いどれの勘三や、空家ばかり探し歩いている人のいい三石の事を思い出すと、何となく心細い気もする。

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泉鏡花

【婦系図】

 休題さておき、南町の桐楊塾は、監督が祖母さんで、同窓がむすめたちで、更にはばかる処が無いから、天下泰平、家内安全、鳳凰は舞い次第、英吉は遊び放題。在学中も、雨桐はじめ 烏金からすがねの絶倍で、しばしばかいがんに及んだのみか、卒業も二年ばかり後れたけれども、首尾よく学位を得たと聞いて、親たちは先ず占めた、びきで、あおたんつかみだと思うと、手八てはち蒔直まきなおしで夜泊よどまりの、昼流連ひるながし

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宮本百合子

【獄中への手紙 一九四一年(昭和十六年)】

中村ムラ夫が、『花園を荒す者は誰だ!』という論文集をかきましたね、昔。結局こんな題の論文なんか書けたのは天下泰平ね。お手紙の中に泰平的テムポのことありましたけれども、あれは寧ろ大局的にはいいのよ。

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岡本綺堂

【三浦老人昔話】

 それで済めば天下泰平、いや、 ちっとぐらいの騒動が起っても大丈夫であったのですが、こゝに一つの事件が出来しゅったいした。というのは、この屋敷のお嬢さまが病気になったのです。

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小栗風葉

【深川女房】

店は繁昌するし、後立てはシッカリしているし、おまけに上さんは美しいし、このまま行けば天下泰平吉新万歳であるが、さてどうも 娑婆しゃばのことはそう一から十まで註文ちゅうもん通りにはまらぬもので、この二三箇月前から主はブラブラわずらいついて、最初は医者も流行感冒はやりかぜの重いくらいに見立てていたのが、近ごろようよう腎臓病と分った。

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賀川豊彦

【空中征服】

 賀川市長は殴られたり、斬られたりした傷が癒らないので、一週間は常べったり貧民窟の二畳敷の間に寝込んでしまった。
 しかしその間は天下泰平であった。市会の心配をしなくってもよければ、世界の運行についても心配する必要がなかった。傷口が早く癒ればよいとのみ考えているものだから政治も、経済も、哲学も、芸術も、すべてを忘れて、ただ仰向けになったまま、天井を見つめたり、狭い二畳敷の間の四隅を眺めて空想から空想にひたった。

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チェスタートン
直木三十五訳

【サレーダイン公爵の罪業】

「ポウルまたはサレーダイン公爵、いずれとも御意のままにじゃ」やんごとない老人がシェリ酒の杯を唇に持って行きながら叮嚀な口調で云った。「わしはここで召使の一人として天下泰平に暮らしているものじゃ。そして謙遜の意味で、吾が不幸なる弟ミスター・スティーフンと区別をするためにミスター・ポウルと名乗っている。

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種田山頭火

【行乞記(一)】

同宿三人、みんな同行だ、みんな好人物らしい、というよりも好人物にならなくてはならなかった人々らしい、みんな一本のむ、私も一本のむ、それでほろ/\とろ/\天下泰平、国家安康、家内安全、万人安楽だ(としておく、としておかなければ生きていられない)。

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Last updated : 2024/06/28