「書き終わり・結び」 |
- 下の枠の番号や作家名、作品名などをクリックすると、表示されている作家の作品が出たり消えたりします。
- 主に明治・大正から昭和初期の作家の、日本文学を主とする著名な作品の「書き出し」と「書き終わり・結び」を収録しました。一部翻訳文も含まれます。
- 詩集や、段などで書かれている作品は、初めの一編(一段、一作など)と最後の一編(一段、一作など)を「書き出し」「書き終わり・結び」として示しました。小説や随筆などにおける「書き出し」「書き終わり・結び」とはやや趣が異なります。
- このページでは、『作家別・や行』の作品の「書き終わり・結び」、つまり作品の最後の部分を表示します。
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- 「インターネット電子図書館 青空文庫 」からの引用がかなりの割合を占めます。引用したサイトがある場合、それぞれの作品の原文へのリンクを設けました。
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■ 使い方と説明
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2.八木重吉 「貧しき信徒」
3.山村暮鳥 「ちるちる・みちる」
4.横光利一 「機械」
日夜彼のいる限り彼の暗室へ忍び込むのを一番注意して眺めていたのは私ではなかったか。いやそれより私の発見しつつある蒼鉛と珪酸ジルコニウムの化合物に関する方程式を盗まれたと思い込みいつも一番激しく彼を怨んでいたのは私ではなかったか。そうだ。もしかすると屋敷を殺害したのは私かもしれぬのだ。私は重クロム酸アンモニアの置き場を一番良く心得ていたのである。私は酔いの廻らぬまでは屋敷が明日からどこへいってどんなことをするのか彼の自由になってからの行動ばかりが気になってならなかったのである。しかも彼を生かしておいて損をするのは軽部よりも私ではなかったか。いや、もう私の頭もいつの間にか主人の頭のように早や塩化鉄に侵されてしまっているのではなかろうか。私はもう私が分らなくなって来た。私はただ近づいて来る機械の鋭い 5.与謝野晶子 「君死にたまふことなかれ」
6.吉川英治 「三国志 桃園の巻」
「さてこそ」と、董卓は、怒気のみなぎった顔に、朱をそそいで云った。 「小才のきく奴と、日頃、恩をほどこして、目をかけてやった予の寵愛につけ上がり、予にそむくとは八ツ裂きにしても飽きたらん匹夫だ。李儒っ――」 「はっ」 「彼の人相服装を画かせ、諸国へ写しを配布して、厳重に布令をまわせ」 「承知しました」 「もし、曹操を 「すぐ手配しましょう」 李儒が退がりかけると、 「待て。それから」と早口に、董卓はなお、言葉をつけ加えた。 「この細工は、思うに、白面郎の曹操一人だけの仕事ではなかろう。きっとほかにも、同謀の与類があるに相違ない」 「もちろんでしょう」 「なおもって、重大事だ。曹操への手配や追手にばかり気を取られずに一方、都下の与類を 「はっ、その辺も、抜かりなく急速に手を廻しましょう」 李儒は大股に去って、 7.吉川英治 「私本太平記 あしかが帖」
あくる朝。 「若殿。右馬介の部屋に、かような物がございましたが」 と、小侍の一人が差出した。 見ると、 御拝借の書冊返上 若殿 人なき折、解いてみると、書物の間には、国元の直義から右馬介あてに来た書簡二通と、また、彼自身の詫び状が 「……おお、弟直義も、いつかわしの胸を知っていたのか。右馬介といい、直義といい、そこまで、わしに同意だったか」 読みつつ、彼はまた涙を新たにした。そして、涙にぬれた左の手頸をふと見入った。 彼の手頸には、この五月以前にはなかった 8.吉川英治 「鳴門秘帖 上方の巻」
「やがて見よ、阿波守」 彼は 「いかに関を封じておくとも、弦之丞が、きっと一度は汝の領土を踏みにまいるぞ! うごかぬ証拠をつかみに行くのじゃ。――オオ、一度江戸表へ立ち帰った上に、改めて、阿波二十五万石の 見送っていると、その一刹那。 どこからか、風を切ってきた 「さすがは ――竹屋三 のどかな音頭に 9.吉川英治 「宮本武蔵 地の巻」
今だ。――去るならば。 武蔵の心が、武蔵を打つ。 だが、彼の いじらしい! あれまでに自分を慕ってくれるものが、姉以外にこの天地にあろうとは思えない。 しかも決して、嫌いではないお通である。 空を見――水を見――武蔵は悶々と橋の欄干を抱いていた。迷っていた。そのうちに、 浅黄の だが―― 武蔵はすでに其処にはいなかったのであった。 「あらっ」 彼女はおろおろ泣き声して叫んだ。 さっき武蔵が |