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■ Wikipediaによる解説 ■
彦根城(ひこねじょう)は、日本の滋賀県彦根市金亀町にあった城である。江戸時代および1869年(明治2年)の版籍奉還後から1871年(明治4年)の廃藩置県まで彦根藩の役所が置かれた。天守、附櫓及び多聞櫓は国宝、城跡は国の特別史跡かつ琵琶湖国定公園第1種特別地域である。
江戸時代初期、現在の滋賀県彦根市金亀町にある彦根山に、鎮西を担う井伊氏の拠点として置かれた平山城(標高50m)である。山は「金亀山(こんきやま)」との異名を持つため、城は金亀城(こんきじょう)ともいう。多くの大老を輩出した譜代大名である井伊氏14代の居城であった。
明治時代初期の廃城令に伴う破却を免れ、天守が現存する。天守と附櫓(つけやぐら)及び多聞櫓(たもんやぐら)の2棟が国宝に指定されるほか、安土桃山時代から江戸時代の櫓・門など5棟が現存し、国の重要文化財に指定されている。中でも馬屋は重要文化財指定物件として全国的に稀少である。一説では、大隈重信の上奏により1878年(明治11年)に建物が保存されることとなったのだという。
天守が国宝指定された四城の一つに数えられる。姫路城とともに遺構をよく遺している城郭で、1992年(平成4年)に日本の世界遺産暫定リストに掲載されたが、近年の世界遺産登録の厳格化の下、20年以上推薦は見送られている。
滋賀県下で唯一、城郭建築が保存された。
彦根城
(滋賀県) |
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別名 | 金亀城 |
城郭構造 | 連郭式平山城 |
天守構造 | 複合式望楼型 3重3階地下1階(1604年築) |
築城主 | 井伊直継 |
築城年 | 1622年(元和8年) |
主な城主 | 井伊氏 |
廃城年 | 1874年(明治7年) |
遺構 | 現存天守、 櫓、門、塀、馬屋 石垣、土塁、堀 |
指定文化財 | 国宝(天守等2棟) 国の重要文化財(櫓、門、馬屋等5棟) 国の特別史跡 |
再建造物 | 御殿 |
位置 | 北緯35度16分35.12秒 東経136度15分6.8秒 |
明治時代初期の廃城令に伴う破却を免れ、天守が現存する。天守と附櫓(つけやぐら)及び多聞櫓(たもんやぐら)の2棟が国宝に指定されるほか、安土桃山時代から江戸時代の櫓・門など5棟が現存し、国の重要文化財に指定されている。中でも馬屋は重要文化財指定物件として全国的に稀少である。一説では、大隈重信の上奏により1878年(明治11年)に建物が保存されることとなったのだという。
天守が国宝指定された四城の一つに数えられる。姫路城とともに遺構をよく遺している城郭で、1992年(平成4年)に日本の世界遺産暫定リストに掲載されたが、近年の世界遺産登録の厳格化の下、20年以上推薦は見送られている。
滋賀県下で唯一、城郭建築が保存された。
[彦根城] - 引用した Wikipedia の情報は更新されている場合があります。
(2014年3月29日 (土) 07:35 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』
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〔彦根城〕日本・滋賀県
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