1944年〈昭和19年〉刊、河竹繁俊著『歌舞伎十八番 : 研究と作品』より。
- このページは、参考にした文献の文字をそのまま書き起こしたものです。
- 新字新仮名遣いとしていますが、送り仮名などは原文のままとしています。
- このページを参考としているのは、当サイトでのメーンの原典を、文化8年・1811年刊の『花江都歌舞妓年代記』に掲載された台詞としているためです。
拙者親方と申すは、お
立合にも
先達て御存じのお方もござりましょ、お江戸を立って二十里
上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町をお登りへお出でなさるれば、
欄干橋虎屋藤右衛門、ただ今円斎竹重、元朝より
大晦日まで、各々様のお手に入れまする此透頂香と申す薬、昔しちんの国の唐人外郎と申す者、我が朝に来り、此名宝を調合仕り、茶に用いたとござる、時の帝より叡聞に達し、御所望遊ばされしに、外郎この薬を深く秘して、冠りの中に入れおき、用うる時は一粒づつ冠りのすき間より取り出す故に、帝より其名を透頂香とたまわる、即ち文字にも、いたゞきすくにおいと書いて、透頂香と申す、唯今は此薬殊のほかひろまり、透頂香という名は御意なされず、世上一統に、たゞ外郎とお呼びなさるゝ、慮外ながら、在鎌倉のお大名様がた、御参観御発足の折柄御駕籠をとめられ、此薬何十貫文とお買いなされ下されまする、もし御立の内にも、熱海か塔の沢へ湯治にお出でなさるゝか、又は伊勢へ御参宮の時分は必ず門違いをなされますな、お下りなされば左り、おのぼりなされば右のほう、町人でござれども屋づくりは八方が八つ棟、表が三つ棟玉堂づくり、破風には菊に桐のとうの御紋を御赦免あって、系図正しき薬でござる、近年は此薬、やれ売れるはやると有て、方々に看板を出し、小田原の炭俵の灰俵のさんだわらのと名づけ、ほうろくにて甘茶をねり、それに鍋すみを加え、或いはういなんういせつういきょうなどゝ似たるを申せども、平仮名を以てういろうと致したは、親方円斎ばかり、見世は昼夜のあきない、暮れて四つまで、四方に金あんどうを立て、若い者ども入替り立替り、御手に入れます、尤もねだんは
一粒一せん、百粒百銭、たとい何百貫お買いなされても、いっかな/\まけもそえも致しませぬ、さりながら振舞いまするは、百粒二百粒でも厭いは致さぬ、さいぜんから薬の効験ばかり申しても、御存じのない方には、こしょうの丸呑み白川夜船、さらば半粒づつ振舞いましょう、御遠慮はなしにお手を出して、呑んで
御覧じませい、第一が男一同の早気付、舟の
酔酒の二日酔いをさます、
魚鳥茸麺類の食合せ、其外痰をきって声を大音に出す、りくちん八しん十六ぺん、西方さいまつをあやまたず、かんれいうんの満つを考え、うんぽうの補薬、御口中に入りて朝日に霜の消ゆる如く、しみ/″\となりて能き匂いをたもつ、鼻紙の間にお入れなされては、五両十両でお買いなされた匂い袋や掛香の替りを仕る、先づ一粒あがって御覧じませい、口の内の涼しさが格別な物もの、薫風のんどより来り、口中微涼を生ず、さるによって舌のまわることが、
銭独楽がはだしで逃げる、どのようなむづかしい事でも、さっぱりと言うてのけるが此薬の奇妙、証拠のないあきないはならぬ、さらば一粒たべかけて、その気味合をお目にかきょう、ひょっと舌がまわり出すと、矢も楯もたまらぬ、さああはやのどさたらなしたにかきはとて、はなの二つは唇の
軽重、開口さわやかに、うくすつぬほもよろを、あかさたな、はまやらわ、一ぺきぺきにへぎほしはじかみ、盆まめ盆米、ぼん牛蒡、摘蓼摘豆、摘山椒、書写山の社僧中、小ごめのなまがみ/\こんこごめのこなまがみ、繻子々々ひじゅす、すじ繻珍、武具馬具々々三武具馬具、合せて武具馬具六武具馬具、あのなげしの長なぎなたは、たが
長刀ぞ、向こうのごまがらはいぬごまがらか、がらがらひい/\風ぐるま、おきゃがりこぼし/\、ゆんべもこぼして又こぼした、たゝぷぽゝたゝぷぽゝ、ちりから/\たっぽっぽ、たぽ/\ひだこ、落ちたら煮て食おう、煮ても焼いても喰はれぬものが、五徳鉄きゅうかな熊どうじに石熊石持虎熊とらふぐ、中にも東寺の羅生門には茨木童子がうで栗五合、つかんでおむしゃる、かの頼光の膝元さらずに、鮒きんかん椎茸、定めて後段はそば切、うどんがぐどんな
小新発意、こ棚のこしたにこおけにこみそがこあらず、か程にこ杓子こもってこすくて、こよこせ、おっと合点だ、心得たんぼの川崎神奈川、程がやはしって戸塚へ行けば、やいとをすりむく、三里ばかりか藤沢平塚、大磯がしや小磯の宿を、七つ起きして早天そう/\、相州小田原透頂香、かくれござらぬruby>
御ういろう若男女貴賤
群集の、花のお江戸の花ういろう、あの花を見て心をおやらぎゃっという、
産子這子に至るまで、此ういろうの御評判、御存じないとは言われまい、まい/\つぶり角出せ棒出せ、ぼう/\負に、
臼杵摺鉢/\/\、どろ/\/\、ぐわら/\ぐわらと、はめをはづして今日おいでの方々さまへ、売らねばならぬ上げねばならぬと、いきせい引ぱり薬の本締、薬師如来も照覧あれと、ホヽうやまって、ういろうはいらしゃりませぬか。