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《このサイトでの「外郎売」の台詞について》
このサイトでの「外郎売」の台詞に間違いがあるとのご指摘をいただくことがあります。
このサイトでの台詞については、ページ下部 にも記していますが、二代目市川團十郎が初めて演じた際の台本とされる、文化8年・1811年刊(天保12年・1841年再版)の『
花江都歌舞妓年代記
』での台詞を出来るだけ忠実に再現することを心掛けており、現在、言葉の練習などで広まっている文言とは若干違う部分があるようです。どうぞご理解ください。
外 郎 売 |
- 外郎売の台詞を現代語にしました。青い文字の部分は原文 、赤い文字の部分は現代風にした意訳と解説 です。
- 推測の域を出ない訳・解説もあります。参考程度にご覧ください。
- 原典については、ページ下部の『このページでの表記についての解釈 』をご覧ください。
- 新字新仮名遣いでの全文は こちら をご覧ください。
現代語訳と若干の解説
私の店の主人はと申しますと、お集まりの皆様の中にはすでに御存知の方もおいでかとは存じますが、お江戸日本橋を出発しまして二十里ほど上方、いや、二十里や上方と言われてもぴんときませんね。
上方は、江戸から見ました場合、京都や大阪を中心とした近畿地方を指しておりまして、江戸を出れば次は相州 、すなわち相模国 で現在の神奈川県となる訳でございます。
さて、一里は三十六町で約3.9キロでございますので、二十里は80キロほどの距離になりますが、「お江戸日本橋七つ立ち」という出だしの東海道五十三次を歌った歌にもあります通り、暁 七つ、すなわち午前4時前後の夜が明ける前に出発しまして日が暮れないうちに宿に着くように一日に10時間程かけて十里、つまり一日に40キロ程を歩きますと、江戸から小田原は丸々二日でございますが、どんどんお歩きいただいて、相模国 小田原の一色町を過ぎ、青物町をさらに進んだ所にございます欄干橋の虎屋の藤右衛門と申す者でございます。
実は藤右衛門は昔の名前でございまして、現在は髪を剃り、お和尚さんのような姿になって円斎と名乗っております。
上方は、江戸から見ました場合、京都や大阪を中心とした近畿地方を指しておりまして、江戸を出れば次は
さて、一里は三十六町で約3.9キロでございますので、二十里は80キロほどの距離になりますが、「お江戸日本橋七つ立ち」という出だしの東海道五十三次を歌った歌にもあります通り、
実は藤右衛門は昔の名前でございまして、現在は髪を剃り、お和尚さんのような姿になって円斎と名乗っております。
《ちょっと知識》剃髪した円斎さんこと藤右衛門さんは、「
円斎竹重
」さんというようです。他の台本には、「唯今は剃髪致して円斎竹重」「只今は剃髪致して円斎竹しげと名乗りまする」などとも見られます。
《 参考 - 地図で見る東海道五十三次 》 |
地図で見る東海道五十三次 |
さて、正月は元日の朝から大晦日 まで、一年中いつでも皆様のお手に取っていただけるようにしておりますこの薬についてお話をさせていただきます。
その昔、「ちん」という外国から日本へおいでになった「外郎」という方が、帝へお目に掛かる機会がありまして、その時の話なのですが、外郎さんはこの薬を自分の冠り物の中に大事にしまっておいて、使う時にだけ一粒づつ冠り物の隙間から取り出したものですから、帝は、「透頂香」という名前はどうだろうかと仰って下さったのです。「透く」「頂」「香」という字を書くのですが、これで「とうちんこう」と読む訳でございます。
その昔、「ちん」という外国から日本へおいでになった「外郎」という方が、帝へお目に掛かる機会がありまして、その時の話なのですが、外郎さんはこの薬を自分の冠り物の中に大事にしまっておいて、使う時にだけ一粒づつ冠り物の隙間から取り出したものですから、帝は、「透頂香」という名前はどうだろうかと仰って下さったのです。「透く」「頂」「香」という字を書くのですが、これで「とうちんこう」と読む訳でございます。
このようにして名前が付いたこの薬ですが、今では想像以上に世の中に広まりまして、方々に偽看板まで出る始末です。イヤハヤ、小田原で作っているこの薬を、灰俵だとか、さん俵だとか、炭俵だとか、効能などもまず出鱈目に色々と書かれているようですが、「外郎」さんの名前を薬の名前にして、平仮名で「ういろう」としましたのは私どもの店主の円斎でして、平仮名で「ういろう」と書いた物だけが本物でございます。
さて、お集まりの皆様の中で、熱海か塔ノ沢へ湯治にいらっしゃるか、または、お伊勢参りの際に、私どもの店へお寄りになられる時には間違っても違う店に入ったりしないようお気を付けください。京都方面へ向かう方から見ると右側で、東京方面へ向かわれる方からすると左側の建物です。八方が八棟で、正面から見ると三棟の美しい宮殿かと見紛うような「玉堂造り」でございます。破風には、帝から使うことのお許しをいただいた菊に桐の薹の御紋が付けられておりまして、それほどに由緒、来歴の正しい店で作られた薬なのでございます。
小田原 外郎 透頂香 は 大覚禅師 来朝 の時より日本に伝わり 北条氏綱 ここに在城の時 八棟造 の薬店 を許 して弘 めさせける
三絃 のトウチン香 の其 音 は 千里 に聞 ゆ虎屋外郎
『東海道名所圖會』(寛政9 [1797])に見る 「外郎家」の店構え |
「ういらう」「透頂香」の看板が見える。 |
*大覚禅師(中国・南宋の僧)の来日は、1246年〈寛元4年〉。
*北条氏綱の小田原城在城は、1520年〈永正17年〉頃。
イヤ最前 より家名 の自慢 ばかり申 しても、御存知 ない方 には、正身 の胡椒 の丸呑 、白川夜船 。さらば一粒 食 べかけて、その気味合 をお目 に懸 けましょう。
さてさて、先程から私どもの店がいかに素晴らしいかの自慢ばかり申しておりまして、「ういろう」を御存知ない方にとっては、胡椒を丸呑みしたのでは辛さが全く分からないように、また、ぐっすり寝こんで何も気付かなかったと言うたとえの「白川夜船」のようでございましょうから、一粒、ちょっと口に入れてみまして、その効果の程を確かめてお見せすることにいたしましょう。
先ず、このようにこの薬を一粒舌の上に乗せ、やおらお腹の中に飲み込みますと、イヤもう、何と申しましょうか、“マジ” お腹の中がすっきりしまして、気持ちのよい爽やかな風が喉から出て来る感じでございます。口の中も涼しい感じがしてまいります。
魚や鳥や茸、はたまた麺類の食い合わせで起こる不調から、どのような病にも効果てきめん。その効き目の速さと言ったら、まさに「神」の領域でございます。
さて、何と言ってもこの薬の素晴らしい効き目の第一は、舌がよく回るようになることで、くるくると良く回る「銭独楽」でさえ、「こりゃもうかなわぬ」と裸足で逃げ出してしまう程の勢いでございます。ご覧ください、ひょいっと舌が回り出すと、もうじっとしてはいられません。弓矢で攻めても盾で止めようとしても無理な話でございます。「矢でも鉄砲でも持ってこい」でございます。その勢いは止められません。それそれそれ、舌が回って来ます。回って来ました。
アワヤ咽 、サタラナ舌 に、カ牙 サ歯音 。ハマの二 つは唇 の軽重 開口 爽 やかに、あかさたな、はまやらわ。おこそとの、ほもよろを。
ちょっと知識をひけらかすことになってしまって恐縮ですが、「あ・わ・や」は「喉音 」でございます。「さ・た・ら・な」は「舌音 」で、「か」は「牙音 」、「さ」は「歯音
」、「は(ファ)・ま」の二つは唇の加減で声を出す「唇音 」でございますが、この薬を飲みますと、言葉を発するのも軽やかに、聞き取りやすくなってまいります。それ「あかさたなはまやらわ」「おこそとのほもよろを」。
= ここからは早口言葉などの舌もじりです。鼻濁音の練習にも… =
《解説》「へぎ」は、物を薄くけずり取った状態などを表し、「一っぺぎへぎ」は「一片のへぎ・一枚のへぎ」といった意味合いか。また、板を薄くはいで作った角盆の「折折敷
」に掛けるか。
「へぎ」については、『貞丈雑記 』(天保14年〈1843年〉刊)に、「〈片木〉へぎと云うは、板をうすくへぎたる儘 けずらずに作りたる折敷を云う」と見られる。
「へぎほし」は「かき餅」のことか。「はじかみ」は「生姜」の別名。「はじかみ」は、生も乾燥した干し薑も煎じ薬に加えて使われることがあり、『浮世草子・御前義経記』(元禄十三年・1700年)には『生姜一へぎ薬なべ、早くのませてくれ給へ』との表現が、また『歌舞伎・梅柳若葉加賀染』(文政二年・1819年)には『生姜は一へぎ。サァ/\、仕掛けませう』などの表現が見られ、生姜の一片を「へぎ」と数えていたことが分かる。また、『琴線 和歌 の糸 』(寛延三年・1750年刊)という歌謡書に収載された、地歌の『こんきょうじ 』には、『一反 へぎ長 へぎ干生薑 』なども見られる。
「一 っぺぎへぎ」は、言葉の練習を主とする印刷物やネット上にテキストとして掲載されているものでは「ひとつへぎへぎ」などとするものが多く見られるが、現時点での調査では歌舞伎に関する文献には「ひとつ」とする表記は見られない。このサイトで「一 っぺぎへぎ」と表記したことの考察はページ下部の『このページでの表記についての解釈 』に記した。
「へぎ」については、『
「へぎほし」は「かき餅」のことか。「はじかみ」は「生姜」の別名。「はじかみ」は、生も乾燥した干し薑も煎じ薬に加えて使われることがあり、『浮世草子・御前義経記』(元禄十三年・1700年)には『生姜一へぎ薬なべ、早くのませてくれ給へ』との表現が、また『歌舞伎・梅柳若葉加賀染』(文政二年・1819年)には『生姜は一へぎ。サァ/\、仕掛けませう』などの表現が見られ、生姜の一片を「へぎ」と数えていたことが分かる。また、『
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《解説》「一寸のお小仏に…」。道端に置かれている小さな仏様や、小さな切り株のようなものに躓かないように気を付けて…。
《解説》「おこけら小僧」は、「木っ端小僧」といった程度の意味合いか。「こけら」は、材木を削った削り屑で「木っ端・こっぱ」とも。
《解説》「天目」は、主に茶の湯に用いる浅く開いたすり鉢形の茶碗。
《解説》「こぼした」は、寝小便をしたといった意味合いか。
たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ。たぽたぽ、
《解説》「たあぷぽぽ… ちりから…」は二挺鼓 の囃子と擬音か。小鼓を肩に大鼓を脇の下にはさんで打つ二挺鼓の音色・囃子を「ちりからたっぽう。ちりからちったぽう」とする表現がある。
続く「干蛸 」の「ひ」は、横笛の擬音と捉えることが出来るか。
続く「
《解説》干し場から落ちてきた「干蛸」は煮て食べられるが、固くて食べられないものなどが次ぎに続く…。
「干蛸 」は、言葉の練習を主とする印刷物やネット上にテキストとして掲載されているものでは「一丁蛸
」とするものが多く見られるが、現時点での調査では歌舞伎に関する文献には「一丁」とする表記は見られない。なぜ「一丁蛸」となったのかの考察はページ下部の『このページでの表記についての解釈 』に記した。言葉の練習として最適であれば目くじらを立てる程のことではないかも知れぬが、出来れば二世團十郎の創作に敬意を表したいとは思う。
「
《解説》「五徳」はコンロで鍋を乗せる台。「鉄弓」は「焼網」で「鉄灸」「鉄橋」とも。「金熊童子」などは大江山に棲んでいた「酒呑童子 」という鬼の家来で、金熊童子、星熊童子、熊童子、虎熊童子が「四天王」とされる。
《解説》「四天王」の中でも、「茨木童子」は酒呑童子とともに京都を荒らした大鬼とされる。「うで栗」は、渡辺綱 に切り落とされた茨木童子の腕と、茹で栗を掛けるか。「頼光」は平安時代の武将「源頼光 」で、家来の「四天王」を従えて酒呑童子を退治した説話がある。
《解説》「鮒・金柑・椎茸・定めて」は、源頼光の家来の四天王の渡辺綱 、坂田金時 、占部季武 、碓井貞光
に掛けるか。
「後段な蕎麦切」は「後段は蕎麦切」の古風な言い方。「後段」は供応の際に飯のあとでさらに飲食物を供することで、茶会の後に席をかえて酒肴の饗応をする「後段付 」などの言葉もある。
「後段な蕎麦切」は「後段は蕎麦切」の古風な言い方。「後段」は供応の際に飯のあとでさらに飲食物を供することで、茶会の後に席をかえて酒肴の饗応をする「
《 参考 - 『源頼光の四天王土蜘蛛退治』歌川国芳 》
源頼光の四天王土蜘蛛退治之図 |
源頼光と四天王 |
《解説》「新発知」は、仏門にはいってまもない者を言う「新発意・新発(しんぼち・しぼち・しんぼっち)」のことか。
《解説》「戸塚は走って行けば」の部分は、「どつか(どっか)へ走って行けば」とする台本もあり、「戸塚」と「どっか」が掛けられている。また、「せかせかとあわて急ぐさま」を表す「とつかわ」という言葉に掛けるか。「おおいそがしや」は「大磯」と「大忙し」に掛ける。「灸 」は「灸 」のことで、ここでは灸を据えた場所を指し「三里」へ繋ぐ。「三里」は灸を据えるツボで、ここでは走る距離を掛けている。足三里は脛骨の外側の所。「三里当 」という衣裳用語があり、奴などの役で、足三里に三角や半円の布を当てて三里の灸のあとを隠すための布。
「七つ起き」は、まだ暗い午前四時頃。「早天」は「早朝・明け方」の意で、「そうそう」を「そう朝」とし、「早天そう朝」とする台本も。「そうしゅうおだわら」に繋ぐ。
「七つ起き」は、まだ暗い午前四時頃。「早天」は「早朝・明け方」の意で、「そうそう」を「そう朝」とし、「早天そう朝」とする台本も。「そうしゅうおだわら」に繋ぐ。
《解説》「隠れござらぬ」は、「隠れる所もない、それほどに有名な」という程の意味合いか。「色々な人が大勢集まり、賑やかで、今が盛りと花が咲く江戸のような」という修辞で「ういろう」を持ち上げ、「知らないとは言わせない」と客に迫る。
「隠 れござらぬ、貴賎群集 の花 のお江戸 の」の部分は、「隠 れござらぬ御 ういろう若男女 、貴賎群集 の花 のお江戸 の」と、「ういろう」から「老若男女 」へ繋ぐ言葉遊びをしている台本も見られる。
「
= ここまで舌もじりと早口言葉 =
きょう、ここに、羽目を外してお集まりくださった皆様方へ、ぜひこの薬をお手に取っていただきたいと思います。商売ですから売らなければならなりませんので、ありたけの気力を尽くして申し上げます。
瑠璃のように清浄な場所と称される、東方浄瑠璃世界 にお住まいになられ、衆生の病や苦しみを救われる薬師如来様。医薬の仏である薬師如来様。どうか薬師如来様もこの薬の素晴らしさをとくとご覧ください。
薬師如来様をも、そして、お集まりの皆様方をも敬って申し上げます。
「ういろう」をどうぞお買い求めくださいませ。
瑠璃のように清浄な場所と称される、
薬師如来様をも、そして、お集まりの皆様方をも敬って申し上げます。
「ういろう」をどうぞお買い求めくださいませ。
= 台詞・現代語訳部分印刷 = |
= このページでの表記についての解釈など =