《 コラム - ちょっと知識 》 形による雲の数え方 検索のヒント ≪≪ 雲の数え方へ戻る 空にぽっかりと浮かぶ雲。むくむくと湧き上がる雲。 雲には様々な表情があり、また、その雲を表現する「数え方」も実にたくさんあります。 そして、多くの作家が様々な雲を作品の中に登場させています。 雲の数え方は、ほとんどが雅語的表現で、数えると言うよりも形態を表す言葉として使われ、また、厳密に使い分けされる訳ではありませんが、ここでは、どのような雲がどのように作品に登場するかを見てみます。 「雲の数え方」(雅語的表現) 一片 一点 一抹 一切 一本 一筋 一条 一流 一刷毛 一朶 一塊 一群 一叢 一簇 一村 一団 一座 一道 一つ 一片 [ひら、へん] 細かく小さな雲 作品を見る 夏目漱石「草枕」 海は足の下に光る。遮ぎる雲の一片(ひとひら)さえ持たぬ春の日影は、普(あま)ねく水の上を照らして、 与謝野晶子 「晶子詩篇全集 幻想と風景」 夏の力 わたしは生きる、力一(ちからいっ)ぱい、 汗を拭(ふ)き拭(ふ)き、ペンを手にして。 今、宇宙の生気(せいき)が わたしに十分感電している。 わたしは法悦に有頂天になろうとする。 雲が一片(いっぺん)あの空から覗(のぞ)いている。 雲よ、おまえも放たれている仲間か。 よい夏だ、 夏がわたしと一所(いっしよ)に燃え上がる。 下村湖人「次郎物語 第二部」 真っ青な空には、一ひらの白い雲がしずかに浮いていた。 泉鏡花「妖僧記」 月の如くその顔(かんばせ)は一片の雲に蔽(おお)われて晴るることなし。 ああ、いまのしゃっくりは、ひどかったなど、そんな思い出さえ、みじんも浮ばず、心境が青空の如く澄んで一片の雲もなく、大昔から、自分はいちども、しゃっくりなんか、とんと覚えがなかったような落ちつき。 小島烏水「霧の不二、月の不二」 天は藍色に澄み、霧は紫微(しび)に収まり、領巾(ひれ)の如き一片の雲を東空に片寄せて、透(す)きわたりたる宇宙は、水を打つたるより静かなり、 徳冨蘆花「小説 不如帰」 赤城(あかぎ)の峰々、入り日を浴びて花やかに夕ばえすれば、つい下の榎(えのき)離れて唖々(ああ)と飛び行く烏(からす)の声までも金色(こんじき)に聞こゆる時、雲二片(ふたつ)蓬々然(ふらふら)と赤城の背(うしろ)より浮かび出(い)でたり。三階の婦人は、そぞろにその行方(ゆくえ)をうちまもりぬ。 菊池寛「真珠夫人」 「ほんとうに、よく晴れた日ね。」 美奈子は、やっと立ち上りながら、女中を見返ってそう云った。 「左様でございます。ほんとうに、雲の片(かけ)一つだってございませんわ。」 そう云いながら、女中は眩(まぶ)しそうに、晴れ渡った夏の大空を仰いでいた。 「そんなことないわ。ほら、彼処(あすこ)にかすったような白い雲があるでしょう。」 美奈子も、空を仰ぎながら、晴々しい気持になってそう云った。が、美奈子の見附けたその白いかすかな雲の一片を除いた外は、空はほがらかに何処(どこ)までも晴れ続いていた。 一点 [てん] 点のような細かく小さな雲 作品を見る 中里介山 「大菩薩峠 みちりやの巻」 真紅な西の空に、旗のように白い一点の雲をみとめると、急に歌をやめて、それを見つめる。 岡本かの子 「母と娘」 今朝は晴れて一点の雲もありません。村人達は昨晩の天災の残した跡を修理に忙がしがって居ます。 一抹 [まつ] 画筆でなすった程度のほんのわずかな雲 作品を見る 森鷗外 「舞姫」 此(この)恨は初め一抹の雲の如く我(わが)心を掠(かす)めて、瑞西(スヰス)の山色をも見せず、伊太利(イタリア)の古蹟にも心を留めさせず、 ハンス・クリスチアン・アンデルセン 森鷗外訳 「即興詩人」 眸を転じて望めば、火山の輪廓は一抹の軽雲の如く、美しき青海原の上に現れたり。 太宰治 「道化の華」 夜が明けた。空に一抹の雲もなかつた。きのうの雪はあらかた消えて、松のしたかげや石の段々の隅にだけ、鼠いろして少しずつのこつていた。 宮沢賢治 「『春と修羅』補遺」 駒ヶ岳 弱々しく白いそらにのびあがり その無遠慮な火山礫の盛りあがり 黒く削られたのは溶けたものの古いもの (喬木帯灌木帯、苔蘇帯というようなことは まるっきり偶然のことなんだ。三千六百五十尺) いまその赭い岩巓に 一抹の傘雲がかかる。 横光利一 「旅愁」 海は藍碧を湛えてかすかに傾き微風にも動かぬ一抹の雲の軽やかさ。 一切 [きれ] 細かく小さな雲 作品を見る 種田山頭火 「行乞記 (三)」 曇、だん/\晴れて一きれの雲もない青空となつた、照りすぎる、あんまり明るいとさえ感じた、七時出立、黒井行乞、三里歩いて川棚温泉へ戻り着いたのは二時頃だつたろうか、 一本 [ほん] 飛行機雲などのような、長い筋状の雲 作品を見る 亜木満 「まゆの花」 一万メートル以上の上空を、四本の飛行機雲を残して音もなく飛行して行くのが見えた。確かにB29だ。 一筋 [すじ]、一条 [すじ・じょう] 長く延びる筋状の雲 作品を見る 芥川龍之介 「竜」 あやがて半日もすぎた時分、まるで線香の煙のような一すじの雲が中空(なかぞら)にたなびいたと思いますと、見る間にそれが大きくなって、今までのどかに晴れていた空が、俄(にわか)にうす暗く変りました。 泉鏡花 「国貞えがく」 屋根の上から、城の大手(おおて)の森をかけて、一面にどんよりと曇った中に、一筋(ひとすじ)真白(まっしろ)な雲の靡(なび)くのは、やがて銀河になる時節も近い。 中里介山 「大菩薩峠 竜神の巻」 あちらに見える鉾尖(ほこさき)ヶ岳(たけ)から、こちらに遠く白馬(しらま)ヶ岳(たけ)まで、一筋の雲がずーっと長く引いた時は大変だ、それが今いう、清姫様の帯だ 小島烏水 「雪中富士登山記」 明け行く夜は、暁天の色を、足柄山脈の矢倉岳に見せて、赤蜻蛉(あかとんぼ)のような雲が、一筋二筋たなびく、野面は烟(けむり)っぽく白くなって、上へ行くほど藍がかる、 アンリイ・ファブル 大杉栄、伊藤野枝訳 「科学の不思議」 ヴエスヴイアス山上に漂う一筋の雲を見て驚いたプリニイは、直ぐ様艦隊を出動させて、困つている海岸町の人を助けたり 吉江喬松 「木曾御嶽の両面」 群巒(ぐんらん)重々として幾多起伏している上を圧して、雪色の斑(まだら)な乗鞍の連峰が長くわたっている。初秋の空らしい、細い雲がその頂の上を斜めに幾条も走っている。 鳥居民 「昭和二十年第一部(2) 崩壊の兆し」 十一月三日の昼すぎ、名古屋の人びとは、はるかな上空を一筋の飛行機雲を残して東から西へ飛んでいく飛行機を仰ぎ見た。 吉田和夫 「遙かなる雲の果てに 若き女性パイロットの死」 空を見上げると朝の柔らかい陽光がきらめく中、米空軍のジェット戦闘機が轟音を発しながら一条の白い飛行機雲を噴出し、青空を二分して行く。 一流 [ながれ] 流れるような長い帯状の雲 作品を見る 夏目漱石 「吾輩は猫である」 正月も早(は)や十日となったが、うららかな春日(はるび)は一流れの雲も見えぬ深き空より四海天下を一度に照らして、十坪に足らぬ庭の面(おも)も元日の曙光(しょこう)を受けた時より鮮(あざや)かな活気を呈している。 中里介山 「大菩薩峠 竜神の巻」 なんの気もなく空を見れば、鉾尖(ほこさき)ヶ岳(たけ)と白馬(しらま)ヶ岳(たけ)との間に、やや赤味を帯びた雲が一流れ、切れてはつづき、つづいては切れて、ほかの大空はいっぱいに金砂子(きんすなご)を蒔(ま)いた星の夜でありました。 宮本百合子 「夏遠き山」 起きて廊下から瞰下(みおろ)すと、その大風に吹き掃かれる深夜の空には月が皎々と照り、星が燦めいている。丁度、月の光りに浸された原野の真上のところに、二流れ黒雲があった。細く長く、相対して二頭の龍が横わっている通りだ。 一刷毛 [はけ] 刷毛で描いたような雲 作品を見る 小栗虫太郎 「白蟻」 その時、あの滅入るような黄昏が始まっていた。八ヶ岳よりの、黒い一刷毛(はけ)の層雲の間から、一条の金色をした光が落ちていて、それは、瀑布をかけたような壮観だった。 泉鏡花 「河伯令嬢」 弥生(やよい)の頃は、金石街道のこの判官石(ほうがんいし)の処から、ここばかりから、ほとんど仙境のように、桃色の雲、一刷(ひとは)け、桜のたなびくのが見えると、土地で言います。 一朶 [だ] かたまりのようになっている雲 作品を見る 夏目漱石 「草枕」 寒く潤沢(じゅんたく)を帯びたる肌の上に、はっと、一息懸(ひといきか)けたなら、直(ただ)ちに凝(こ)って、一朶(いちだ)の雲を起すだろうと思われる。 長塚節 「鉛筆日抄」 磐梯山も雨が晴れた。急峻な山腹を今一朶の雲が駈けのぼるようにして頂から横に走つて山を離れると磐梯の全形が明かである。 岡本綺堂 「綺堂むかし語り」 むかしの夕立は、今までカンカン天気であったかと思うと、俄かに蝉の声がやむ、頭の上が暗くなる。おやッと思う間に、一朶(いちだ)の黒雲が青空に拡がって、文字通りの驟雨沛然(しゅううはいぜん)、水けむりを立てて瀧のように降って来る。 泉鏡花 「婦系図」 浅間(せんげん)の森の流るるを見、俯(ふ)して、濠(ほり)の水の走るを見た。たちまち一朶(いちだ)紅(くれない)の雲あり、夢のごとく眼(まなこ)を遮る。 小島烏水 「霧の不二、月の不二」 四合目辺にたなびく一朶(いちだ)の雲は、垂氷(たるひ)の如く倒懸(とうけん)して満山を冷(ひ)やす、 土井晩翠 「天地有情」 暮山一朶の春の雲 緑の鬢を拂いつゝ 落つる小櫛に觸る袖も ゆかしゆかりの濃紫 羅綺にも堪えぬ柳腰(りょうよう)の 枝垂(しだり)は同じ花の縁 花散りはてし夕空を 仰げば星も涙なり。 吉川英治 「私本太平記 あしかが帖」 あれこれ、思い合せると、主人思いな右馬介の心には、鵺の住む一朶(だ)の黒雲のなかに、主君の運命も、藤夜叉が生んだ不知哉丸の未来も、すべて、呪われているものに見えた。 司馬遼太郎 「坂の上の雲 第一部あとがき」 のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それをのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。 一塊 [かたまり・かい] かたまりのようになっている雲 作品を見る 堀辰雄 「菜穂子」 北よりには浅間山がまだ一面に雨雲をかぶりながら、その赤らんだ肌をところどころ覗かせていた。しかし南の方はもうすっかり晴れ渡り、いつもよりちかぢかと見える真向うの小山の上に捲き雲が一かたまり残っているきりだった。 正岡子規 「人々に答ふ」 海は漫々として広く空は一面に晴れわたりたる処に、海の真中に鯨汐(しお)を噴けば、その鯨の真上ばかりに一塊(いっかい)の雲ある処を描き出だして、それが天然の景と見え可申候や。 一群 [むら・ぐん]、一叢 [むら・そう]、一簇 [むら・そう]、一村 [むら] 群のようになっている雲 「一村(むら)」は、江戸時代の明暦2年〈1656年〉に出版された『平家物語』に「 黒雲(こくうん)一村(むら) たち来て」と見られる。[*「雲」の項参照 ] 作品を見る ハンス・クリスチアン・アンデルセン 森鷗外訳 「即興詩人」 ヱズヰオの山の姿は譬(たとえ)ば焔もて画きたる松柏の大木の如し。直立せる火柱はその幹、火光を反射せる殷紅(あんこう)なる雲の一群(ひとむら)はその木の巓(いたゞき)、谷々を流れ下る熔巌(ラワ)はその闊(ひろ)く張りたる根とやいうべき。 国枝史郎 「レモンの花の咲く丘へ」 沈まんとする日の上には猶太(ユダヤ)王の袍(ほう)に似た、金繍のヘリある雲の一群がじっと動かずに浮かんでいる。 ハンス・クリスチアン・アンデルセン 森鷗外訳 「即興詩人」 一叢(ひとむら)の雲は山腹に棚引きたり。われ。彼雲の中に棲(す)みて、大海の潮(しほ)の漲落(みちひ)を観ばや。 有島武郎 「カインの末裔」 昆布岳(こんぶだけ)の一角には夕方になるとまた一叢(ひとむら)の雲が湧いて、それを目がけて日が沈んで行った。 泉鏡花 「伊勢之巻」 ちらちらと燃ゆる友染(ゆうぜん)の花の紅(くれない)にも、絶えず、一叢(ひとむら)の薄雲がかかって、淑(つつ)ましげに、その美を擁護するかのごとくである。 吉江喬松 「木曾御嶽の両面」 道の行くては大きな黒い山の中腹目がけて打当って行くようになっている。雲は折々その山の頂からかけて一面に濃く中腹までも垂れ下って過ぎて行く、一簇(ひとむら)また一簇、その度に寒さがじっと身に沁みる。 泉鏡花 「花間文字」 馬(うま)前(すゝ)まず。――孤影(こえい)雪(ゆき)に碎(くだ)けて濛々(もう/\)たる中(なか)に、唯(と)見(み)れば一簇(いつそう)の雲(くも)の霏々(ひゝ)として薄(うす)く紅(くれない)なるあり。 大町桂月 「国府台」 上流さして、右岸の堤上を歩す。西天、山の如き一簇の雲を余して、他の雲は、みな色を生ず。 一団 [だん] 一つのまとまりのようになっている雲 作品を見る 芥川龍之介 「じゅりあの・吉助」 彼の頭上の天には、一団の油雲(あぶらぐも)が湧き出でて、ほどなく凄じい大雷雨が、沛然(はいぜん)として刑場へ降り注いだ。 石川啄木 「雲は天才である」 この不法なるクーデターの顛末(てんまつ)が、自分の口から、生徒控処の一隅で、残りなく我がジヤコビン党全員の耳に達せられた時、一団の暗雲あつて忽ちに五十幾個の若々しき天真の顔を覆ふた。楽園の光明門を閉ざす鉛色の雲霧である。 泉鏡花 「海異記」 「ほんとに騒々しい烏だ。」 と急に大人びて空を見た。夕空にむらむらと嶽(たけ)の堂を流れて出た、一団の雲の正中(ただなか)に、颯(さっ)と揺れたようにドンと一発、ドドド、ドンと波に響いた。 豊島与志雄 「真夏の幻影」 ぎらぎらした日光の漲り溢れてる大気の上に、先刻の雷雲よりも遙かに高く、太陽よりも更に高いかと思われるあたりに、真白な悠久な一団の雲が、刷毛ではいたように靉いている。 加能作次郎 「少年と海」 午後三時頃(ごろ)の夏の熱い太陽が、一団の灰色雲の間からこの入江を一層(いっそう)暑苦しく照らしていました。鳶が悠々(ゆうゆう)と低い空を翅(かけ)っていました。 葉山嘉樹 「海に生くる人々」 観音崎(かんのんざき)の燈台、浦賀、横須賀(よこすか)などの燈台や燈火が痛そうにまたたいているだけであった。しけのにおいが暗(やみ)の中を漂っていた。落伍(らくご)した雲の一団が全速力で追っかけていた。 中里介山 「大菩薩峠 胆吹の巻」 弁信の頭の上の空中から、にわかにまた一団の黒雲が捲き起って来たようなのを認めました。あ、鳥が――またあの大鷲が…… 一座 [ざ] 山を一座と数えることから、入道雲のように山のような形の雲 作品を見る 田原徹夫「2007年7月29日朝日歌壇より」 そそり立つ入道雲の一座見ゆ周防灘をどっかと跨ぎ 一道 天に向かって延びているような雲 作品を見る ハンス・クリスチアン・アンデルセン 森鷗外訳 「即興詩人」 その瞠視(みつめ)たる方を見れば、ミネルワの岬より起りて、斜に空に向いて竪立(じゅりつ)せる一道の黒雲あり。形は円柱の如く、色は濃墨の如し。 一つ 「雲一つない …」などの表現で 作品を見る 宮沢賢治 「春と修羅 第二集」 そのとき嫁いだ妹に云う 十三もある昴の星を 汗に眼を蝕まれ あるいは五つや七つと数え 或いは一つの雲と見る 坂口安吾 「桐生通信」 関東側よりもむしろ澄みきった太陽が雲一つない青空にさんさんとかがやいている。また越後平野の水田は湖水どころか一滴の水もない。 有島武郎 「卑怯者」 青黄ろく澄み渡った夕空の地平近い所に、一つ浮いた旗雲には、入り日の桃色が静かに照り映(は)えていた。山の手町の秋のはじめ。 岡本椅堂 「黄八丈の小袖」 卒気(そっけ)ない返事を投げ返したままで、お菊は又そこを逃げるように通りぬけて、材木置場の入口へ出た。享保十二年九月三日の夕方で、浅黄がやがて薄白く暮れかかる西の空に紅い旗雲が一つ流れて、気の早い三日月が何時の間にか白い小舟の影を浮べていた。 ≪≪ 雲の数え方へ戻る ● 目次 | あ | か | さ | た | な | は | ま | や | ら | わ ● おすすめサイト・関連サイト…