《 コラム - ちょっと知識 》
船をなぜ隻と数えるのか。隻とは何なのか。
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1. 船をなぜ隻と数えるのか
船をなぜ隻と数えるのか。
このことについて触れた一文がある。
宝暦11年〈1761年〉
に、大阪の船匠、金沢兼光が表した日本と中国の船に関する百科事典的な解説書とされる『和漢船用集』の、「
艘 隻
之事」とする項に次のようにあり、『角川古語大事典(1987年刊)』では隻の項にこのくだりを収載する。
つまり、船を数えるのに隻や翼の字を使うのは、船を水鳥になぞらえて海が荒れた時にも沈まないように願うものであるとしている。
(※ 翼については後述)
ただし、原文全体を見るにこの根拠は希薄であるようにも思われる。原文は次のようにある。
このように、この一文では
艘
が船の総称であることや、船を数える語として使われること、また、隻も船を数える語として使われることを述べつつ、他にも船を数える語として、枝・葉・帆・柁・翼などをあげ、出典などを解説している。
その上で、『
凡
(全体を通じて・総じて・おしなべて・あらまし)舟の数に』としてまとめに入り、舟の数に隻・翼の字を用いることの理由を『水鳥になぞらえて』としているが、翼は別としても、隻は矢・魚・鳥・動物など種類の違う様々なものの数え方として使われており、隻を船に限って解説する根拠が薄いように思われ、この一文は様々な数え方があるという解説に重きを置いたものと理解すべきとも取れる。今後の研究に待ちたい。
2. 船を翼と数えることがあるのか
前掲の一文に「舟の数に隻翼の字を用ることは」との一節がある。では、船を翼と数えることがあるのだろうか。
この「和漢船用集」では、船を翼と数えることについて『
文選
』という文献を引き次のように記している。
※引用した「和漢船用集」では「翼は艘也」としているが、後述の「李周翰注」では「千翼、謂舟也」と、「舟」の文字が見られる。
このくだりに出てくる「文選」は、中国の詩文選集で六朝時代の梁の昭明太子の編。中大通2年〈530年〉頃の成立。「李周翰注
」は、開元6年〈718年〉に李周翰など5人の学者が共同で執筆した「五臣注文選
」の中の李周翰によるものという意味で、「文選」に注釈を加えたもの。
ここでは、船を翼と数える他の例と合わせて見てみる。
3. 船をなぜ翼と数えるのか
前項の通り、船を翼と数える例は中国の漢詩に見られたが、現時点では日本の文献では確認できていない。(調査中)
漢詩に見られるのは、西暦 307 年に没した張協の「三翼」と、西暦 530 年頃の「文選」という詩文選集の中の「千翼」で、前述のように古代中国には大翼・中翼・小翼と呼ばれるような軍艦があり、これらの形状から鳥の翼に船をたとえたのではないかと推測される。
例えば大翼の場合は、船の両側に大きく張り出した長い櫂にそれぞれ二人の漕ぎ手が付き、まるで鳥が飛ぶかのように川を進んだという。
このような姿から鳥にたとえ、数え方も「翼」とされたのではないかと推測される。(調査中)
4. 隻とは何なのか
現在、船を数える場合の助数詞に多く使われる「隻」とは何なのか。その成り立ちは何なのか。「隻」について、白川静の編纂による『常用字解[第二版]』(2012)で見てみる。
このように、
隻
という字は鳥と手の形の文字を組み合わせた漢字で、鳥を手に持つ形から鳥一羽の意味とされ、後に
雙
(双)の字が作られ、隻は対になるものの片方、また、一つのものを数える際にも使われるようになったとされる。
雙
は隹が二つと手の形で作られ二羽の鳥を手で持つことから一つがいの意。そこから対になるものの意として用いられる。
雙
の二つと、
隻
の一つを対比させた詩が『文選
』に見られる。
5. 古文書に見る「隻」
隻は成り立ちが鳥であることから、「斗酒隻鶏
」(一斗の酒、一羽の鶏)[後漢書/橋玄伝]などと鳥にまつわる言葉に使われる。また、
雙
(双)との関係から例えば
対
になった屏風の片方を
一隻
と数えるなど、対になっているものの片方を数えるのに用いられる。助数詞としては、「ひとつ」としての意味から船・矢・魚・動物など多くのものに用いられる。
この項では、どのようなものを数える際に「隻」が使われるかを古文書から見てみる。
なお、「隻」の読み方について振り仮名が振られた文献を見てみると、「一隻・いっせき」「一隻・いっぴき」「一隻・いっそく」「一隻・ひとつ」「一隻・かたわれ」「一隻・かた/\(かたかた)」「二隻・にわ」などが認められる。