- 文中に、「今から○○年前」というような表現が出てきます。これは毎年更新されますが、その出来事がその年の「何月」であったのかの考慮はなされていません。
- 「すし」は、『鮓』『鮨』『寿司』などの漢字を使うことがありますが、ここでは、引用した文献による表記以外は、基本的に「すし」としています。
- 引用した文献で、歴史的仮名遣いから現代仮名遣いに変えているものがあります。
- 文中、敬称を省略しています。
10. 「貫」という漢字の由来は?
- 前述のように、握りずしを「カン」と数える由来については、これを明確に説明できる文献などは見当たりませんでした。
- では、よく使われる「貫」という漢字の由来は何でしょうか? 「貫」の字は、どこから来たのでしょうか。
- 江戸時代の文化・文政年間の1800年代前半 頃に世の中に広まったと思われる「江戸ずし = 江戸前ずし」ですが、江戸時代の文献には『貫』は見当たりませんでした。数え方は、前述の通り「一つ」でした。
- また、明治から昭和の初めに書かれた文学作品にも、「カン」という数え方が見当たらなかったことは前述の通りで、『貫』の字も出てきませんでした。
- 昭和45年・1970年( )に
篠田統 (明治32年・1899年〜昭和53年・1978年)が書いた「すしの本 増補版」で、「吉野鮨本店」三代目吉野曻雄 (明治39年・1906年〜平成3年・1991年)からの聞き書きとして、『昔は「五貫のチャンチキ」といって、握り五つと巻二つで十分腹がはるはずだった』と『貫』の字が登場することは前述しました。ただし、篠田も吉野も、『カン』や『貫』が何であるかの由来の説明は加えていません。
なお、吉野は、『貫』という字を使うことについて、昭和46年・1971年の自身の記事で、『貫の字を当てるべきだろうか』と疑問を呈し、自身の言葉で書いた同じ内容の文章では、『五カンのチャンチキ』と片仮名で『カン』と書いています。ただその吉野も、『貫』という漢字を使っている文章も残していて、すでに鬼籍に入られているのでその訳を伺う術もありませんが、自身の中でも揺れがあったのでしょうか。『すしの本 増補版』篠田統
吉野曻雄からの聞き取り「東京ずし雑話」
東京江戸橋「吉野鮨」主人吉野曻雄さんは、このごろは店を息子に任せて、野口元夫として、もっぱら役者業にせい出しているが、 〈中略〉 以下、江戸ずしについての同氏からの受け売りを少し並べておく(文責在篠田) 〈中略〉
『今のすしは飯が少なすぎる。だから口ン中が生臭くなってしまう。昔は「五貫のチャンチキ」といって、握り五つと巻二つ(チャンチキとは馬鹿囃 しの太鼓の撥 が二本だから)で十分腹がはるはずだった。』『すしの本 増補版』(昭和45年・1970年)
吉野曻雄からの聞き取り「東京ずし雑話」
篠田統(明治32年・1899年〜昭和53年・1978年)
吉野曻雄・「吉野鮨本店」三代目
(明治39年・1906年〜平成3年・1991年)『近代食堂』『鮓・鮨・すし すしの辞典』吉野曻雄
『当時(編集注:「当時」とは、文脈から大正中期から昭和初期のこと)の一人前は、握り五個、海苔巻の三つ切り(横巻を三つに切ったもの)を二切れで、これを五カン(貫の字を当てるべきだろうか)のチャンチキ(祭りばやしの音にかけて太鼓の撥が二本だから、そのバチの意であろう)といった。今日のすし屋でもこの五カンのチャンチキはよく使われている言葉だ。』『近代食堂』 昭和46年・1971年3月号 P178
『鮓・鮨・すし すしの辞典』 平成2年・1990年 P90
吉野曻雄・「吉野鮨本店」三代目
(明治39年・1906年〜平成3年・1991年)
『鮓・鮨・すし すしの辞典』は、昭和45年・1970年から、百回にわたって「近代食堂」で書いたものを再構成したもの。『鮓・鮨・すし すしの辞典』吉野曻雄
ついでにふれておくと、今と違って昔の握りずしはずっと大きく、とうていひと口では食べられず、ひと口半ないしふた口でやっとという大きさであった。だから、一貫ずつ握って供するのが当然で、今のような二貫づけは、戦前はごく一部の店に限られ、すし飯の量が減ってすしが小ぶりになった戦後から一般的になった供し方である。握りずしは、だから、今のように十個も二十個も食べられるものではなく、ちょっと小腹をふさぐスナックとして主に食べれられた。『鮓・鮨・すし すしの辞典』 平成2年・1990年 P70
吉野曻雄・「吉野鮨本店」三代目
(明治39年・1906年〜平成3年・1991年)
『鮓・鮨・すし すしの辞典』は、昭和45年・1970年から、百回にわたって「近代食堂」で書いたものを再構成したもの。 - 前項で「カン」という数え方の由来を見た際に、重さや貨幣の単位としての『貫』などがありました。ここではダブりを避けるため、その説明は省きますが、仮に、『貫』の由来が江戸時代の「銭」の「一貫文」にあったとすれば、江戸時代に書かれた文献にそのような記述があってもよいのではないかと思いますし、他の由来であっても、「カン」が『貫』という漢字から来ていれば、『貫』の説明は前項でついた訳です。しかし、全て「説」という括りでしか説明できず、つまり、『貫』という漢字の由来も、現時点では「諸説がある」としか言いようがないということになります。
- 握りずしの数え方として「カン」を採用している辞典類でも、「貫」を『当て字』として扱っているものがほとんどで、由来について触れているものは見当たりません。
- 【かん】 広辞苑
[初出:第六版 平成20年・2008年( )]
『(多くカンを表記。「貫」「巻」とも書く)握り鮨を数える語。一個ずつあるいは二個一組をいう』 -
【かん】 岩波国語辞典
[初出:第七版 平成21年・2009年( )]
『握りずしの個数を言うのに添える語。「こはだ二かん」。「貫」「巻」を当てるが語源未詳。21世紀になって急に広まった言い方』 -
【かん】明鏡国語辞典
[初出:第二版 平成22年・2010年( )]
『握り鮨の個数を数える語。「中トロ一かん」。近年始まった言い方で、語源未詳。「貫」「巻」を当てるが「カン」と書くことが多い』 - 【貫】三省堂例解新国語辞典
[初出:第七版 平成18年・2006年]
第七版 [平成18年・2006年( )]『にぎりずしをかぞえる語』第八版 [平成23年・2011年( )]『にぎりずしをかぞえることば。語源が明らかでないため、「カン」とも書く』 -
【一貫】三省堂新明解国語辞典
[初出:第八版 令和2年・2020年]
第八版 [令和2年・2020年( )]『一般に、にぎりずしの単数を表す語』【貫】三省堂新明解国語辞典
[初出:第八版 令和2年・2020年]
第八版 [令和2年・2020年( )]『すしのにぎりを数える語』 - 以上のように、すしの数え方に何故「カン」が使われるのか、何故「貫」の字が使われるようになったのかは、これを明確に記した文献などは現時点では見当たりませんでした。
- 例えば、兎は鳥ではないのに「一羽」と数える習慣があります。そしてその由来も諸説があります。しかし、それらの説のどれもが一理あると思わせるものです。(『兎は、なぜ「一羽」?』参照 )
- ところが、すしの「かん」「貫」の由来は、現時点ではどうも私たちを納得させるに十分な根拠を持ち得ていないように思われ、謎に包まれています。
- 「カン」を採用するようになった辞典でも、多くが「語源未詳」としているなど、この謎は簡単には解けそうもありません。従って、ここでは「諸説がある」との表現に止めておき、「握りずし『一貫』の不思議」に、新しい事実が分かった際に改めて紹介することとします。
2012/04/01
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